指で物が掴めるなんて、感動だ!
湊人とぱかおは、将棋盤を挟んで向かい合っている。
「ミナトと将棋を指したいぞ!」
これは、そんなぱかおの要望から実現した対局だった。
にこにこと笑いながら駒を並べるぱかおを、湊人は不思議そうに見ていた。
「随分嬉しそうに並べるねぇ」
「当たり前だろ! 俺の蹄じゃ、駒を掴めないんだぞ!」
「ああ、確かにそうか」
「オレ、自分の指で駒を持ってパチッってするのやってみたかったんだ!」
ぱかおは一つ一つの駒を、丁寧にゆっくりと並べていく。
それだけで、彼がどれほどこの動作に憧れていたのかが分かるようだ。
「お願いします!」
「お願いします」
駒を並べ終えると、対局が始まった。
局面が進んでいっても、ぱかおの表情は笑顔のままである。
「ちょっといいかな」
「どうした? 待ったはナシだぞ!」
「違うよ。どうしてそんなに笑顔なのかなって思ってさ」
「そんなの、ミナトと将棋を指すのが楽しいからに決まってるだろ!」
「いつもやってることなのに?」
「いつもとは違うぞ! こうやってミナトと向かい合って戦うのは初めてだ!」
湊人は、動物に苦手意識を持っている。
そのため、アルパカの姿のぱかおには出来るだけ近付かずに生活していた。
将棋を指す際も心を経由し、お互いに顔を合わせずに次の指し手を伝えるという方法で進めているのだ。
湊人とぱかおがこのように向かい合って対局するのは、初めてなのである。
「ミナトは、アルパカの姿のオレはキライだろ?」
「嫌いなわけじゃないんだよねぇ。ただ、少し苦手なだけだよ」
「キライとニガテの違いはオレにはよくわかんない! だけど、アルパカの姿だとなかなかミナトに近付けないからな! だから今、とっても楽しいんだ!」
そう言うとぱかおは、更に朗らかに笑う。
その笑顔を見ながら、湊人は思っていた。
(怪我をした時に初めてぱかおに触ってみたけど、意外と平気だったんだよね。他の動物はまだ無理だけど、もしかして彼だけならいけるんじゃないの? 今度、アルパカの姿の時にちょっとだけ歩み寄ってみようかなぁ)
対局が進むにつれ、湊人はこの考えを強くしていく。
ぱかおは感情を秘めておくことが出来ず、全てが表情に出てしまうようだ。
劣勢の現在、彼はとても苦しそうで、悔しそうな顔をしている。
幼い大和ですら、これほど感情を表には出さない。
指し手に一喜一憂されるというのは、湊人にとってはやりづらいことだった。
(人間の姿の彼は、残念ながら勝負には向かないみたいだね。今度は、アルパカの姿で向かい合って対局してみよう。アルパカの姿なら、ここまで表情は変わらないでしょ。今と違って言葉でのコミュニケーションはできないから、結局は間に心くんを挟まなきゃいけないんだけどさ)
湊人は苦悶の表情を浮かべるぱかおをちらりと見てから、駒へと手を伸ばす。
そして、彼を更なる絶望へと突き落とす一手を放つのだった――――――――――。