触れる
食事を待っている間、心は少しウトウトしていた。
(たくさん寝たはずなのに、まだ眠れるんだ……)
そんなことを考えていると、枕元に移動させた毛玉がモゾモゾと動いたことに気付く。
彼はゆっくりと起き上がると、辺りを見渡した。
心と視線がぶつかると、慌ててベッドから飛び下りる。
あまりにも近いその距離に驚いたようだ。
(お、お前……! 起きてたのか……!?)
「……うん」
(怪我はもう平気か……!?)
「……大丈夫。すぐに治るよ」
(そうか……)
彼は一瞬ほっとしたような表情になったが、それはすぐに鋭い視線へと変わってしまう。
(なんでオレのことを助けたんだ……!?)
「……どういうこと?」
心には、質問の意図がわからなかった。
(オレのことを庇わなければ、お前は怪我しなかった……! それなのになんで……!?)
「……君が、あの人たちに捕まるのが嫌だと思ったからだよ」
心の答えを聞くと、彼は更に険しい表情になった。
(自分で捕まえて、オレのことをどこかに売り払おうっていう魂胆だな……! あいつらとお前は仲間じゃないから、あいつらの手にオレが渡ったらお前には一銭も入らないもんな……!)
「……それは違うよ。君を、あの人たちから逃がしてあげたかったから……」
(嘘だ嘘だ嘘だ! ニンゲンはみんな僕たちのことを捕まえようとする悪い奴らだって、パパもママも言ってた!)
「……じゃあ、僕からも一つ質問させて。人間は悪い奴だって思ってるのに、どうして僕の傍を離れずにここまで着いてきたの……?」
(そ、それは……!)
彼は、ここで口ごもってしまった。
心はゆっくりと起き上がると、彼に近付いていく。
「……人間も、悪い人ばかりじゃないって思ったからじゃないの?」
そして、彼のことを優しく抱き締めた。
彼は、身を固くしただけで今回は抵抗しなかった。
「……あんなに怖い目に遭わされたんだ。人間は君たちにとって、確かに悪者なのかもしれない。でも、そういう人ばかりじゃないんだよ。ここには、君を傷つける人なんて一人もいない。安心して……」
彼の体が、小さく震える。
心が覗き込むと、小さな瞳から美しい涙がポロポロと零れ落ちていた。
(こ、怖かったよぉ……!)
「……うん、そうだよね」
心は彼の体を優しく撫でながら、話に耳を傾ける。
(群れのみんなと一緒に移動してたところを、偶然ニンゲンに見られたんだ……! まさか見つかるなんて、オレたちは全然思ってなくて……。みんなが逃げるスピードに、オレだけついていけなかった……。途中で足を怪我したから……)
「……足の怪我は、その時にできたものだったんだね」
(うん……。それでもなんとかみんなのところに戻りたくて歩き回ったんだけど、足が痛くて動けなくなっちゃって……。休んでたところに、お前が来たんだ……)
「……そうだったんだ」
(……お前のこと、最初は悪いニンゲンなんだろうなって思った。でも、全然オレのこと捕まえようとせずにどこかに行っちゃって……)
「……それで、気になって見に来てくれたの?」
(……おう。お前が撃たれただけでもびっくりしたのに、急に体に触るから思わず噛んじゃったんだ……。傷、痛くないか……?)
彼は優しく、心の手の傷を舐めた。
「……全然平気。痛くないよ」
(よかった……)
二人の間に、しばらくの間沈黙が流れる。
「……君は、これからどうするの?」
本来アルジャンアルパガは、群れを作り野生で暮らす生物だ。
戻れるのならば、一刻も早く群れに戻るのが彼にとって一番いいのだろう。
「……怪我が治ったら、この間の森まで送ろうか? 群れに戻らないと……」
(……もう、無理だよ。あの辺はニンゲンに見つかるかもしれないから、みんな遠くに逃げてると思うし……)
「そっか……」
(……だからオレ、ここで暮らしてもいいか?)
彼の言葉に驚き、心は瞳を大きく見開く。
「……森に帰らなくていいの?」
(……森より、ここの方が安全そうだからな)
「……ここには、君の嫌いな人間がたくさんいるよ?」
(……お前と一緒に暮らしてるんだから、悪い奴らじゃないよな。足も、いつの間にか手当てされてるし……)
どうやら本気のようだ。
「……わかった。でも、僕一人で決められることじゃないから家主に相談させてね。透花さんなら多分いいって言ってくれると思うけど……」
(……うん!)
彼は嬉しそうに尻尾を振る。
透花が食事を運んでくるまでの間、彼は心に抱かれ気持ちよさそうにしていたのだった。