この道の先には、何があるのかな。
「……湊人くんは、これからどうする?」
僕が通帳を見ながら頬を緩めていると、透花さんがそう言った。
いつもの笑顔じゃなくて、言葉にしづらい不思議な表情をしているよ。
「これからどうするって、どういうこと?」
「湊人くんは、軍人になりたくてなったわけじゃないでしょう? 借金を返すために仕方なくとまではいかなくても、本当になりたかった職業は違うよね」
「まあ、そういう見方もできるかもね」
確かに、昔の僕は軍人になることなんて考えてもみなかったよ。
大学でめいっぱい勉強して、できるだけ高収入の仕事に就く。
まあ、官僚あたりになれたらいいなって思ってたかな。
でも、今は大学に通いながら軍人として働いてるんだもの。
昔の僕に言っても、絶対に信じないだろうなあ。
「返さなければならない借金はなくなった。……軍人として働かなければならない理由も、もうない。夢があるなら、それに向かって歩き出すのも……」
「透花さん、ちょっと待って」
僕は、彼女の言葉を最後まで聞かずに遮った。
……この人は最近、いつもと様子が違うことが増えたんだ。
何かを考え込んでるかと思ったら、ぼーっとしてたりさ。
人間なんだから、色々と悩むことだってあるだろう。
でも正直、こういう透花さんは全然らしくないと思うんだ。
いつもみたいに余裕の笑みを浮かべて、僕たちを導いてよ。
大方今回も、つまらないことでも考えてるんでしょ。
「もしかして、僕にこの隊を離れてほしいって言いたいの?」
「……違うよ。でも、本当にやりたいことがあるんじゃないかなって思って」
「あなたの隊に、僕は必要ない?」
「そんなわけない……!」
「それならいいじゃない。これからも、僕をここで働かせてよ」
僕を見る透花さんの顔は、気が抜けてどこかマヌケだ。
ふふふ、こんな表情を見るのは初めてかもね。
「確かに、なりたくてなった職業じゃないよ。あの時は、生きるために他の選択肢がなかった。でも、今は違う。僕はちゃんと、自分の意思でここにいるんだ」
……自分の想像以上に、僕は“軍人”になってる。
それが、今回の事件で悔しいことに証明されちゃったしね。
「とりあえず、あなたに借金を返すって目標はなくなった。これから自分はどうしたいのか、どういう大人になりたいのか、どんな人生を歩んでいきたいのか、それをここで考えさせてくれないかな。僕はここが、とても気に入ってるから」
……素直に、好きだなんて言ってやらないよ。
だって、そんなストレートな僕はつまらないでしょ?
「これまでみたいにガツガツ働かなくてよくなったから、もっと勉強に力を入れてみるよ。そうしたら、次の目標が見つかるかもしれないし。あっ、だからって仕事の手は抜かないから安心してね。個別の依頼も普通に受けるつもりだし。まあ、要するにこれまで通りここに置かせてもらいたいんだけど、ダメかな?」
「……ダメなわけ、ないよ。私だって、湊人くんにここにいてほしい」
透花さんは、誰もが見惚れるくらい綺麗な笑顔でこう言ったよ。
そうそう、あなたにさっきみたいな表情は似合わないんだから。
この、あなたらしい笑顔で笑ってくれていればいいんだよ。
「うん。じゃあ、これからもよろしくね」
「こちらこそ、これからもよろしくお願いします」
こうして僕は、“軍人”として新しい一歩を踏み出したんだ。
……うーん、やっぱり新しい一歩っていうのはちょっと違うかな。
これまで歩いてきた道を、今まで通り進むだけだからね。