潤う懐、緩む頬
捜査が進み、遂に反社会組織は壊滅に追い込まれたよ。
まあ、戦闘要員じゃない僕は現場に踏み込んだりはしなかったんだけどさ。
そんなこんなで騒ぎも落ち着いてきたある日、僕は透花さんに呼び出された。
「湊人くん、怪我の調子はどう?」
「もう、すっかりよくなったよ。春原さんの薬って、ほんと怖いくらい効くよね。味さえどうにかなれば完璧なんだけどなあ」
「ふふふ、みんなにそう言われるから色々と改良を試みているみたいだよ」
「そうなの? じゃあ、いつ病気や怪我になっても平気だね」
「こーら、そういうことは言わないの」
「ふふ、ちょっとした冗談だよ」
ひとしきり雑談を終えると、透花さんは一冊の通帳を僕に渡してきた。
「これ、なに?」
「湊人くんが、私に払っていたお金を貯めておいたものだよ」
「えっ……?」
「ご両親の借金は架空のものだったんだから、返しておくね」
僕は、ページを捲ってそれに目を通してみる。
そこには確かに、僕が毎月透花さんに返済していた額が記されていたよ。
「どうして、こんなことを……?」
「湊人くんから話を聞いただけだけれど、どうしても私にはあれが筋の通った借金には思えなくて。だから、いつでも返せるように貯めておいたの」
「……両親の借金が架空のものだったとしても、僕があなたにした借金がなくなるわけじゃないでしょ。事実、あなたは肩代わりをしてお金を払ったんだから」
「その辺は気にしなくていいって言いたいけれど、それだと納得できないよね」
「そうだね。きちんとした理由がない限り、この通帳は受け取れないよ」
「まあ、結論から言うと本当に気にしなくてもいい状況なんだよね」
「はい……?」
……今日の僕には、透花さんが何を言いたいのかさっぱりわからないよ。
頭も殴られたし、もしかして僕の理解力が低くなってるのかな?
それとも、やっぱり春原さんの薬には何か怪しい成分が入ってたんじゃ……。
「湊人くんの解析結果を元に、埋蔵金が掘り起こされたことは知ってるよね」
「うん。あれを埋めた時計職人の子孫たちに託されることになったんでしょ?」
「彼らがね、今回の件で被害を被った人にお金を寄付するって言い出したの」
「え、それってもしかして……」
「殺されてしまったプログラマーや数学者たちの家族への慰謝料とか、埋蔵金問題で騒がしくしてしまった町へのお詫びとかね」
「……ははっ、ちょっとお人好し過ぎるんじゃないの」
「先祖の不始末は、自分たちでつけたいって思っているみたいだよ。その流れで、私が肩代わりした分のお金も戻ってきたんだよね」
「……僕の借金は、直接今回の事件とは関係のない過去のことなのに?」
「うん。とにかく莫大な財産が眠っていたから、それでもまだ残っているんだって。だから、通帳の中のお金は湊人くんの物というわけ。納得してもらえた?」
「……そうだね。あなたの話が全部本当なら、だけど」
「湊人くんなら、調べればすぐに本当のことがわかるでしょう? そんな相手に、わざわざこんな嘘は吐かないよ」
そう言うと透花さんは、いつも通りの穏やかな笑顔を浮かべた。
これで嘘を吐いてたら、とんだ狸だなって思うところだけど……。
僕はこの人のことを、ちゃんと信頼しているからね。
わざわざ調べるような、無駄働きをするつもりはないよ。
「うん、納得したよ。この通帳はありがたく受け取っておくね」
「よかった。受け取らないって言われたらどうしようかと思っていたよ」
僕は改めて、そこに記されている額に目を通してみる。
(さて、どうしようかな。このまま貯金として残しておくか、欲しい物を買うか……。今まで我慢してきたんだし、少しくらい使っても罰は当たらないよね? 最新式のパソコンに、ゲーム機にソフト……。あっ、将棋盤ももっといいのが買える。欲しい物を全部買っても、余裕でお釣りがくるくらいの額はあるなあ)
急に潤った懐に、僕は喜びを隠せないよ。
通帳を見ながら頬が緩むのを自分でもわかってるんだけど、残念ながらそれを止めることはできなかったんだ――――――――――。