嘘じゃないけど本当でもない
「申し訳ありませんが、この金額には納得がいきません」
「……少ないのでしたら、更にお支払いいたします」
「いえ、その逆です。僕からしたら、提示した相場の十倍を払ってもらえるほどの仕事ではないと思うんです。労働に対する対価が見合っていません」
「………………………………」
「お客様は先程、このプログラムの中身についてはご存知ないと仰いました。それなのに、ロックを解除するためにこれだけの大金を支払おうとしている」
「それは、父が私に何を残したのか知りたくて……」
「はい。それは存じ上げております。ですが、本当にそれだけでしょうか? 僕には他の理由があるように思えるのですが、ただの勘違いですかね」
そう言うと僕は、男に向かってニコリと微笑むよ。
いつもは、こんなに相手を探るようなことは言ったりしないんだけどね。
だって、本当に切羽詰まって僕に依頼しにきたんだなってわかるからさ。
この男からもそれは感じるけど、それ以上に裏がある気がするんだ。
一色邸じゃなくて、喫茶店を待ち合わせ場所に選んだことも引っかかるし。
しばらくの沈黙の後に、男は諦めたように溜め息を吐いた。
そして、目線を落としたまま重そうな口を開く。
「……実は、あなたの前にも何人かのプログラマーや数学者に依頼したのです。ですが、彼らは誰一人としてこのロックを解除することが出来ませんでした」
「なるほど。それで、僕に依頼することにしたんですね」
「はい。一色隊の二階堂湊人という隊員が、この手のことに長けていると聞きましたから。……優秀なプログラマーや数学者でも解けないほどに難解なプログラムを、父は私に残しました。ロックを解いた先にある情報は、きっとものすごく重要なものであるに違いありません。そして、そうまでしても私に伝えたかったものだとも思うのです。……これが、あなたに大金をお支払いする理由です」
「なるほど……」
僕は、目の前の男をジッと見つめるよ。
……全部が嘘だとは思わないけど、まだ何か隠してる感じかな。
でもまあ、理由としては筋が通ってないと思うほどでもない。
「わかりました。この依頼、お受けいたします」
「………………………………!! ありがとうございます!」
「ご期待に添えるよう、全力を尽くさせていただきます。依頼に取り掛かるにあたり、確認させていただきたいことがいくつかあるのですがよろしいですか?」
「はい。なんでしょうか?」
こうして僕は、この男の依頼を受けることにしたよ。
……プログラムの中身がヤバいものの可能性は、充分にある。
それなら、他の誰かが解くよりも僕がやった方が安全でしょ?
あと、単純に何人ものプログラマーたちが解けなかったものに興味もあるし。
僕は男にいくつか質問をしてから、喫茶店を出た。
家に戻る足取りは、普段よりも軽やかになっちゃったよ。
だって、こんなに大きな臨時収入があるなんて思ってもみなかったから。
それに、大きな謎に挑むのってワクワクするからね。