たまには、ね。
⑮午後十時三十分、透花の私室にて
「珍しく慌ててる透花さんでも見れるかと思ったんだけど、案外普通だね」
湊人が部屋に入ってきて、開口一番に言った言葉がこれだ。
「そう簡単に湊人くんに弱みを握られるわけにはいかないのですよ」
「ふふふ、それは残念だなぁ」
あまり残念そうに聞こえないのは、気のせいではないだろう。
「ホワイトデーのお返しなんだけど、実はまだ用意できてないんだ」
「そうなんだ。湊人くんにしては珍しいね」
「季節の関係で、その商品が店頭に並んでなくてね。いつもみたいにネットで買ってもいいんだけど、たまには一緒に買い物に行かない?」
「行きたい! 湊人くんに買い物に誘われる日がくるとは思わなかったよ」
「ふふふ、僕も誰かを買い物に誘う日がくるとは思わなかったよ。多分、五月か六月になるかなぁ。ちょっと時間があるけど、それまで待ってくれる?」
「もちろん大丈夫だよ。何を買いに行くの?」
「それなんだけどね、部屋着用の甚平にしようと思ってるんだ」
「甚平なら、去年の夏にあげなかったっけ?」
昨年の夏祭りの際に、透花から一色隊全員に浴衣が贈られたのだ。
この時、湊人だけは部屋着としても使えるように甚平を選択していた。
「予想よりもかなり上等な物だったから、部屋着としては使ってないんだよね」
「なるほど。確かに、着ている姿を見かけないなぁって思っていたんだ」
「だから、部屋着としてちょうどいい甚平を買おうと思って。二人で買って、夏が来たらそれを着て僕の部屋でゲームをしよう。冬の、あの半纏みたいにさ」
「うん! 私、甚平って着たことないから楽しみにしているね」
透花の笑顔を確認した湊人は、彼女の手を取り指先に口付けた。
「……できれば意味は調べないでほしいんだけどなぁ」
「うーん、そのお願いは聞いてあげられないかも」
「ふふっ、あなたって本当にいい性格してるよね」
「お褒めの言葉をありがとう。でも、湊人くんほどじゃないよ」
指先へのキス、その意味は、賞賛――――――――――。