リサーチ不足なんてありえないからね
⑧午後六時、学童クラブにて
湊人はこの日、大和と美海が通う学童クラブを訪れていた。
ただ単に二人を迎えに来ただけではなく、バレンタインデーにチョコレートをくれた香澄へのお返しもきちんと持ってきているのだ。
大和と美海を待つ間に、湊人は香澄に声をかけた。
「香澄ちゃん、こんばんは」
「あっ、みなとさん! こんばんは!」
お迎えのために、湊人はこのクラブを何回も足を運んでいた。
その度に言葉を交わしているので、二人は少し仲良くなったようだ。
「バレンタインの時はありがとう。お返し、受け取ってもらえるかな」
「え……!? い、いいんですか……!? あのタルト、かたかったのに……」
香澄はあの日、家に帰ってから自分の作ったタルトを食べてみた。
すると、生クリームを入れ忘れたそれはあり得ないくらいに硬かったのだ。
湊人にとんでもないものを渡してしまったと、三日ほど落ち込んでいた。
「そうかなぁ。僕は特に気にならなかったけど」
湊人は、自分に有益な存在以外にお世辞を言ったりはしない。
味覚が広いということもあり、これは彼の本心なのだろう。
(みなとさん、やっぱりすごくやさしい人なんだ……!)
湊人が食べられれば何でもいいというポリシーを持つことを知らない香澄は、彼の一言に感動し、更に恋心が深まってしまったようだ。
「ほ、ほんとうにもらってもいいんですか……?」
「うん。香澄ちゃんのために買ってきたものだからね。受け取ってくれる?」
「……はい! ありがとうございます!!」
香澄は満面の笑みで、湊人が差し出した袋を受け取る。
「なかみはなんですか!? いえまでまちきれなくて……」
「ふふふ、そんなに喜んでもらえると僕も嬉しいなぁ。中身はマシュマロだよ」
「マシュ、マロ……」
湊人の言葉を聞いた途端に、香澄の笑顔が消えていく。
ホワイトデーに贈るマシュマロには、”あなたが嫌い”という意味がある。
そんな雑学を、運が悪いことに香澄は知っていたのだ。
一気に、天国から地獄に突き落とされたような気分である。
「あれ? マシュマロ、嫌いだったかな?」
「い、いえ……。そうじゃないんですが……」
「この間お迎えに来た時、おやつにマシュマロが出たって嬉しそうに話してくれたから、てっきり好きだと思ったんだけどなぁ」
「………………………………!!」
それは、一週間ほど前の出来事である。
クラブにやって来た湊人に、香澄はその日のおやつについて話したのだ。
『今日は、おやつにマシュマロが出たんです! マシュマロって、あまくてふわふわしててとってもおいしいですよね! もっとたくさん食べたかったなぁ』
この会話を湊人は覚えており、お返しとしてマシュマロを選んだのだった。
ホワイトデーに贈る菓子に様々な意味が込められていることなど知らず、香澄が好きそうな物を買ってきただけなのである。
実際、香澄は菓子の中でも一番と言ってもいいほどにマシュマロが好きだ。
(あのときのおはなし、おぼえててくれたんだ……! うれしい!!)
香澄の顔に、花が咲いたような笑みが戻っていく。
「わたし、マシュマロだいすきです! ありがとうございます!!」
その笑顔を見て、湊人も満足そうに微笑むのだった。
家に帰った香澄は、好きな男の子からお返しを貰ったことを両親に話した。
興奮しており詳細は伝わらないが、娘が嬉しそうだというのはよくわかる。
香澄の父と母は、娘が成長していくことに喜びを感じながらも、自分たちから少しずつ離れていくことに対して寂しさを覚えずにはいられないのだった――――――――――。