甘く、ほろ苦い
②午後零時三十分、軍本部にて
「久保寺さん、わざわざ来ていただいてありがとうございます」
「いえ。こちらこそ、貴重な昼休みに時間をいただいてしまい申し訳ありません」
柊平は、バレンタインデーにチョコレートをくれた女性を訪れていた。
彼女の仕事用の通信機に柊平から連絡があったのは、一週間ほど前のことだ。
ホワイトデーのお返しを渡すために、軍本部で待ち合わせをしたのだ。
「その節はありがとうございました。こちら、受け取っていただけますか?」
「もちろんです。ありがとうございます」
柊平は、お返しの入った袋を女性に渡す。
それほど重くないので、中身は恐らく菓子であろう。
柊平は一瞬気まずそうに視線を漂わせてから、静かに口を開いた。
「……いただいた物は、いわゆる本命チョコだと認識してよいのでしょうか」
「はい。これから仲良くなって、お付き合いできたらなって思って渡しました」
「……申し訳ありません。あなたとお付き合いすることはできません」
そう言うと柊平は、女性に向けて深く頭を下げる。
その姿を見た女性は、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「頭を上げてください。なんとなく、こうなるってわかってましたから」
彼女はあの時、チョコレートに自分の連絡先を書いたメモを添えていた。
だが、プライベートな通信機に柊平から連絡がくることはなかった。
一週間前の連絡も、一色隊の番号から彼女の仕事用通信機にきたのだ。
柊平が私生活で自分に関わる気がないと、嫌でも思い知らされてしまう。
「……本当に申し訳ありません」
「いいんです! チョコを受け取ってもらえて、こうしてホワイトデーにお返しを貰えただけで私にとっては夢みたいなことなんですから!」
頭を上げた柊平は、いつも通りのクールな表情に見える。
本当は少しだけ違う顔をしているのだが、彼女にそれは分からなかった。
「お返し、本当にありがとうございます。お菓子かな? 大切に食べますね」
「はい。それでは、失礼いたします」
そう言うと柊平は、来た道を引き返していく。
彼の背中を見送ることなく、彼女もすぐに踵を返した。
このままでは、泣いてしまいそうだったから――――――――――。
自分のデスクに戻ると、柊平から貰った袋を開けてみる。
そこには、柊平らしいシンプルなクッキーが入っていた。
それを一枚食べてみると、優しい甘さが口の中に広がっていく。
(甘くて、美味しいはずなのに……)
だが、彼女にはどこかほろ苦く感じたのだった。
恋と呼ぶには、未熟な気持ちだったかもしれない。
しかし胸が痛むということは、やはりこれは恋だったのだろう。
彼女は少しずつ、クッキーを咀嚼して飲み込んでいく。
その姿は、まるで自分の恋心を必死に消化しようとしているようにも見えるのだった――――――――――。




