天然タラシ、というやつなのかもしれない。
①午前十一時、スーパーにて
「こんにちは」
「あっ、ここここんにちは……!」
晴久は、バレンタインデーにチョコレートを貰ったスーパーを訪れていた。
お返しを持ってきたのだが、あの時の店員はサービスカウンターにはいない。
店内を探してみると、野菜の品出しをする彼女の姿を発見できたのだ。
「あの時はありがとうございました。チョコレート、とても美味しかったです」
「い、いえ! お口に合ったみたいでよかったです!」
「これ、僕からのお返しです。よかったら受け取ってください」
「お、お返し……!? で、でもあれはお客様全員にお渡ししているので……!」
彼女の言葉を聞いて、晴久は少しだけ困ったような微笑みを浮かべた。
「……その、ごめんなさい。こちらのお店がバレンタインにそのようなキャンペーンをやっていないことを、友人から聞いて知ってしまったんです」
「………………………………!」
「それで、あなたが個人的にくれた物なんじゃないかと思いまして」
「………………………………!!」
店員の女性は、顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。
自分の目論見が全て見透かされていたのだから、仕方のないことだろう。
(ど、どどどどうしよう……! 私の気持ちもバレちゃってるよね……!?)
だが、そんな考えは晴久の次の言葉で打ち砕かれる。
「僕が常連なので、気を遣ってくださったんですよね。ありがとうございます」
「え……?」
晴久は、彼女の想像以上に鈍感だった。
自分が恋愛感情を持たれているなど、露ほども思っていないようだ。
「このお返し、僕の手作りなんです」
「え……!? て、手作りですか……!?」
「はい。あっ、食べ物じゃないので安心してください。手芸が趣味なので、レース編みでシュシュを作ってみたんですが……。常連とはいえ、よく知らない男性からこんな贈り物は気持ち悪いかもしれませんね。捨てても構いませ……」
「い、いえ! 気持ち悪くなんてありません! 大切に使わせてもらいます!」
「そうですか。そう言っていただけると嬉しいです」
店員は、震える手でプレゼントを受け取った。
そして、絶対に失くさないように丁寧にポケットに仕舞う。
「あっ、ありがとうございます!!」
「いえ、僕こそ本当にありがとうございました。それでは、また」
そう言うと晴久は、小さく会釈をしてから店を出て行く。
ぽーっと後ろ姿を見つめている内に、いつの間にか退勤時間になっていた。
彼女は急いで更衣室に行くと、着替えもせずに貰った袋を開けてみる。
「わあ、かわいい……!」
その中に入っていたのは、たくさんの花があしらわれたシュシュだった。
落ち着いた色合いなので、普段使いしてもそれほど華美には見えないだろう。
(毎日使いたいけど、バイトの時にするのはもったいない気もする! でも、つけてるところを遠野さんに見てほしいし……。って私、見てもらってどうするつもり!? 似合ってますよって言ってほしいみたいじゃない! それにしても、こんなにかわいいのを作れちゃうなんて、ほんとに何者なんだろう……?)
シュシュを見ながら一喜一憂する彼女を、同じく退勤時間のために更衣室に戻ってきていた中年女性たちは優しい眼差しで見守っていた。
――――――――――彼女は、まだ知らない。
今日の晴久は、買い物をして帰らなかったことを。
自分にお返しを渡すためだけに店に来てくれたという事実に気付いた時、彼女の心は再び撃ち抜かれるのだった――――――――――。