二人の魂は、僕の料理の中に
「僕は、ホテルが潰れようとも構いません」
僕の言葉を聞いて、両親は絶望の表情を浮かべています。
……祖父母の話をすれば、僕を引き止められると思っていたんでしょう。
「僕は、祖父母の温かいおもてなしに満ちたあのホテルが大好きでした。でも、今ホテルを経営しているのはあなたたちであって、祖父母ではない。……僕が愛したホテルはもうどこにもないので、守りたいという気持ちはありません」
母は、人目を憚らずに大粒の涙を零しました。
……父も、力なくその場にへなへなと座り込んでしまっています。
「……それに、二人は僕の料理の中にいますから。おじいちゃんの魂は包丁に、おばあちゃんの魂はレシピにそれぞれ宿っているんです。本当に僕のことを愛していてくれた二人なら、絶対に今の僕のことを応援してくれていたはずです」
両親は、既に言い返す気力すらなくなってしまったようです。
……その姿を見て、正直心が痛まないわけではありません。
でも、僕は僕の人生を、自分の足で進んでいきたいから。
その先にしか、本当の幸せはないって感じるんです。
「……二度と、二度と顔を見せるな!!」
しばらくの沈黙の後に、父が言い放ったのはそんな言葉でした。
「もうお前のことなど知らん! どこへでも行って、勝手に生きろ!!」
怒鳴るように言った父は、大股で会場を出て行きます。
母は僕を気にしている様子ではありましたが、父を追いかけていきました。
……僕の気持ちは、きっと理解してもらえなかったんでしょう。
……それでも、自分なりに精一杯の伝える努力はできたはずです。
「今までありがとうございました。……お元気で」
僕は、両親が出て行った扉に向けて深く頭を下げました。
……もう二度と、父と母に会うことはないのかもしれません。
お父さん、あなたの望むような息子になれなくてごめんなさい。
お母さん、あなたを助けてあげられなくてごめんなさい。
……ここで、お別れです。
さようなら――――――――――。