僕は逃げない
それから、三十分ほどが経った時のことです。
部屋の扉が開き、愛甲さんと天川さんが戻ってきました。
「……晴久様、一色様、私たち、決めましたわ」
「……はい。今後のことで、相談に乗っていただきたいのですが……」
お二人は、話し合った結果を僕たちに伝えてくれました。
……そうですか、これがお二人の出した結果なんですね。
「お二人とも、勇気のある決断をありがとうございます。その計画を成功させるために、私たちも全力を尽くします。それでは、これからの話をしましょう」
僕たちは、今後の計画を立てました。
……不確定な要素が多いので、そこまで綿密なものは考えられません。
何かが起こったら、個人個人がその場で対処しなければならないでしょう。
それを終えると、透花さんと天川さんは再び顔に化粧を施していきます。
愛甲さんと一緒に天川さんを手伝ったのですが、難しかったです……。
来た時と全く同じとは言えませんが、ギャル男に見えるようにはなりました。
既に夜なので外は暗いですし、サングラスもかけるので大丈夫みたいです。
それを終えると、柊平さんの車に乗って市街地に向かいます。
僕と愛甲さんは途中で降り、愛甲さんが宿泊している、そして明日僕たちの婚約パーティーを行う予定の愛甲グループのホテルまで彼女を送り届けました。
その間に、透花さんと天川さんは両親のホテルに戻って夕飯を食べました。
……そこで、喧嘩する演技をして別々の部屋をとったみたいです。
さすがに、一夜を同じ部屋で過ごすわけにはいきませんから……。
僕が帰るとフロントに立っていた父が話しかけてきます。
「お客様をきちんと案内することは出来たのか」
「……はい」
僕は、湊人くんに合成してもらった写真を見せました。
疑われているわけではないと思うのですが、念のためです。
「ならばいい。明日は大切な日だ。部屋に戻って早く寝ろ」
「……はい。おやすみなさい」
そう言って自室に戻ろうとした僕を挑発するように、父は言いました。
「てっきり、逃げ出すと思っていたんだがな」
「……そんな必要ありませんから。僕は、逃げません」
僕は拳をギュっと握ると、真剣な表情で父の顔を見ます。
驚いているような表情の父にそれ以上の言葉はかけず、立ち去りました。
そして、愛甲さんと天川さん、そして僕の今後の人生を決めるであろう翌日に向けて、ゆっくりと休んだのでした――――――――――。