懐かしさにさよならを
「いらっしゃいませ。ああ、遠野さんのところの倅じゃないか!」
「おばさん、こんにちは。御無沙汰しています」
「嫁さん貰うから帰ってきたんだってね。いやー、あんたが立派にあのホテルを継いでくれりゃあんたのじいさんとばあさんも浮かばれるってもんだよ!」
「……そうですね。あの、食事をしたいのですが席は空いていますか?」
「空いてるけど。なんだい、嫁さんとデートじゃないのかい?」
僕は、祖父母と一緒によく行っていたお店に三人を案内しました。
店主のおばさんの豪快な笑顔は、昔と何も変わっていないようです。
おばさんは、透花さんと天川さんのことを不思議そうに見ています。
……ここは、僕がうまく立ち回らないといけないですよね。
「はい。こちらはうちのお客さんなんです。食事をするところを探されていたので、僕が昔からよく来ていたこちらのお店を紹介させてもらいました」
「親切な人たちがいるホテルに泊まれてほんとラッキーです! ランチが終わったら、この辺の案内もしてもらう予定なんですよー」
「なるほど、そういうことね。奥の席が空いてるから、そこに座りなよ」
そこは、僕が祖父母と来た時にいつも座っていた席でした。
……ここで、二人以外の人とご飯を食べる日が来るなんて思いませんでした。
席に着くと、僕たちは四人とも看板メニューである刺身定食を注文します。
少ししてから運ばれてきたお刺身の量を見て、僕は驚きました。
その、僕の記憶よりも大分多く盛られていたので……。
「結婚祝いに少しサービスしといたからね! 嫁さん大切にするんだよ!」
「あ、ありがとうございます……」
僕は曖昧な笑みをおばさんに返すと、箸を手に取りました。
お刺身を一切れ掴んで口に運ぶと、新鮮な旨味が広がっていきます。
(……おばさん、ごめんなさい。僕、この人とは結婚しないんです)
心の中で謝ってから、この味を忘れないように少しずつ食べ進めていきます。
もう、このお店どころかこの町に戻ることもないでしょうから……。
大盛りのお刺身は僕には多かったですが、残さずに食べることができました。
「おばさん、ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「そりゃあよかったよ! こっちに戻ってきたなら、たまには顔見せなよね!」
「あっ、ここはうちらが払います。案内してもらう代わりに奢る約束なんでー!」
……会計をして、店を出ようとした時のことです。
おばさんの言葉に困っていると、透花さんが助け舟を出してくれました。
僕は、懐かしい気持ちを抱えたまま店を後にしたのでした――――――――――。




