耳に優しく馴染む音
それは、両親のホテルがある程度遠ざかった時のことでした。
女性は僕と愛甲さんの首を離すと、小さな声でこう言ったのです。
「無理矢理連れ出すような真似をしてしまってごめんなさい」
「え……!?」
……その声には、先程までのハスキーさはありません。
それは、僕がいつも聞いている耳に優しく馴染む音でした。
突然女性の声色が変わったことに、愛甲さんはとても驚いています。
「でも、安心してください。私はあなたの味方です」
「あなたは、一体……?」
「申し遅れました。私、一色透花と申します」
「あなたが、一色様……!? じゃあ、もしかしてこの男性は……!」
「はい、天川潤哉さんですよ」
「………………………………!!」
愛甲さんは、目を見開いて天川さんを見つめています。
天川さんは口を開こうとしましたが、それは透花さんに遮られてしまいます。
「ここでの会話は人目につきます。まずは移動しましょう。ハルくん」
「はい。なんでしょうか?」
「ハルくんが顔馴染みのお店に案内してくれないかな」
「僕の顔馴染みのお店ですか? それでは話がしづらいのでは……」
「四人で食事をしたってアリバイが欲しいから、ハルくんやお父さんをよく知っているお店がいいんだ。話し合いは別の場所を用意しているから大丈夫だよ」
「なるほど。わかりました。では、こちらへどうぞ」
「やったー! なんの店? めっちゃお腹空いたから早く食べたーい」
そう言った透花さんの口調や声は、先程までのギャルに戻っています。
……正体を知っていても、今時の若い女性にしか見えないから不思議です。
透花さんの完璧な演技に感心ながら、僕は祖父母に連れられてよく行っていたお店にみなさんを案内したのでした――――――――――。