僕を信じてください
「いえ、娘の方はまだこの辺りに詳しくないのです。息子に案内させましょう」
僕たちが口を開くよりも先に、父が慌てた様子でこちらにやって来ました。
……愛甲さんに、このような仕事をさせるわけにはいかないですからね。
でも、ここで別行動になることだけは絶対に避けなければなりません。
僕はできるだけ柔らかく、愛甲さんに話しかけます。
「お客様もこう仰っていますし、愛甲さんがよければ一緒に出掛けませんか?」
「で、でも……」
愛甲さんは、壁に掛かっている時計をちらりと見ました。
約束の時間は過ぎていますが、彼女にとっての待ち人はまだ現れていません。
(……愛甲さん、大丈夫です。僕を信じてください)
僕は、まっすぐに愛甲さんの瞳を見つめます。
その想いが伝わったのかはわかりませんが、彼女は小さく頷いてくれました。
「……わかりましたわ。この辺りに早く慣れたいので、私も御一緒いたします」
「桔梗様はそのようなことをなさらなくてもよいのです……!」
「お義父様、気を遣っていただきありがとうございます。でも、もうすぐ遠野家の一員になるのですからこの辺について詳しく知っておかなければなりません」
「しかし……!」
「はい、けってーい! じゃあ、荷物はお願いしまーす! さあ、レッツゴー!」
父の言葉を遮り、女性は僕と愛甲さんの手を掴んで歩き出しました。
振り返ると、フロントの前にいた男性も走って追いかけてきています。
こうして僕たちは、四人で会話をしていておかしくない状況を父の目の前で作り上げ、ホテルを出たのでした――――――――――。