僕のよく知る優しい香り
今日は、宿泊を予定されているお客様はいなかったはずです。
二人の会話から察するに、飛び入りの旅行者でしょうか……?
「このタイミングでお客様がいらっしゃるなんて……!」
「愛甲さん、落ち着いてください。大丈夫、なんとかなりますよ」
声を潜めて会話をする僕たちの横を、カップルが通り過ぎます。
……その瞬間、僕は女の人と目が合ったように感じました。
彼女はサングラスをかけているので、確証はないのですが……。
「ちょっと、何他の女見てんの!? しかも、私と全然違うお嬢様系じゃん!」
「お、怒るなよ! 俺にはお前が一番だって!!」
……男の人は、どうやら愛甲さんを見ていたようですね。
彼女さんに引きずられるようにして、フロントまで歩いていきます。
(あれ、この香りは……)
二人の後ろ姿を見ながら、僕はあることに気付きます。
女性からふわりと漂ってきた香りは、僕がよく知るものでした。
……それは、派手な見た目に反してとても優しい香りです。
(……確かあの香水は、颯くんが調合したものだったはずです。透花さんをイメージして作ったんですから、他の人が持っているはずがありません……!)
髪の毛は茶色でしたし、肌の色も声も全然違います。
……でも、あの女性と透花さんが同一人物だと僕は思いました。
(ということは、隣にいるのは天川さんなのでしょうか?)
愛甲さんは、あの男性が天川さんだとは全く思っていないみたいです。
突然の宿泊客に戸惑い、カタカタと震える手を必死に抑えています。
……愛甲さんから聞いていた天川さんは、爽やかな好青年という話でした。
ライオンのような髪型のあの男性とはどうしても結び付かないのでしょう。
「愛甲さん、大丈夫ですよ。あの二人の動向を窺ってみましょう」
「え、ええ……。わかりましたわ……」
僕は愛甲さんに少しでも落ち着いてほしくて声をかけます。
それから、視線をフロントには向けず全神経を耳に集中させます。
女性が主体でチェックインの手続きを進めていくのを、じっと聞いているのでした――――――――――。