僕の話を聞いてください
僕と愛甲さんは、両親が経営するホテルのラウンジに場所を移しました。
まだまだ寒いので、あの崖で話をするのはお互いの身に堪えます。
「愛甲さんは、生まれた時から家の都合での結婚が定められていると言っていましたよね。やはり、愛甲家の後継者としての教育を受けてこられたのですか?」
「いえ、私には兄がおりますので。ホテルの跡継ぎは兄に決まっています。……ですが、幼い頃から厳しい指導を受けておりました。大人になった時に、どのような殿方と結婚することになっても恥ずかしくないようにと」
「そうなんですね。……僕は、全くの逆なんです」
「逆、とはどういう意味でしょう?」
「僕はこの家の一人息子ですが、後継者として期待されたことはありません」
「たった一人のご子息なのに……?」
「はい。その、僕は体が弱くて……」
僕の顔を見て、愛甲さんは驚いたような表情になります。
「そ、そういえば顔色があまりよくありませんわ……!」
「ご心配していただきありがとうございます。ですが、いつものことなので大丈夫ですよ。先程薬も服用しましたので、直によくなるはずです」
「そうなのですか……?」
「はい。遠野家は昔から、家長が海で魚を獲り、配偶者がそれを料理してお客様にお出しすることで成り立ってきたホテルなんです。……でも、僕にはそれができません。だから、幼い頃から後継者としては失格だと言われ続けていました」
「そんな……! 晴久様は、お料理がとてもお上手なのでしょう!? 魚を獲ることは他の者に頼んで、そちらを活かされればよいではありませんか……!」
「あなたと同じように言い、僕に料理を与えてくれたのが祖父母です。父と母にそのように進言もしてくれたのですが、残念ながら聞き入れてもらえず……」
「お二人は晴久様のお味方なのですね。ですが私、お会いしたことがありませんわ。このお話が終わったら、ぜひご挨拶させていただけませんか?」
「……はい。手を合わせていただけると、祖父母はとても喜ぶと思います」
「手を合わせるということは、もしかして……!」
「……二人とも、事故で亡くなりました」
「も、申し訳ありません……! 私ってば、失礼なことを……!!」
「いえ、僕から始めた話ですから。祖父母という拠り所を失った僕は、生きている意味を見出せなくなってしまいました。……だから、二人の後を追おうと思ったんです。僕は自分の命を絶つために、先程の崖に向かいました」
「………………………………!!」
「いくら夕日が美しいとはいえ、そんな場所にご案内してしまい申し訳ないと思っています。ですが僕にとってあそこは、決して負の感情が詰まった場所ではないんです。……僕は、自分の人生を変えてくれる恩人と仲間たちに出逢います。それが、あなたと結婚できない理由に繋がってくるんです」
愛甲さんは、とても真剣な表情で話を聞いてくれています。
そのことに安心すると、僕は続きを話し始めたのでした――――――――――。