土足で踏み込んではいけない場所
「い、いえ、そんな……! 私には懸想している方などおりません……!」
「正直に話してくださって構いませんよ。何かお力になれるかもしれませんし」
「おりませんと申し上げているじゃないですか……!」
……愛甲さんの様子は、何かを隠しているようにしか見えません。
彼女は、うっすらと涙を浮かべた瞳で僕を睨みつけてきました。
「そんなに、私との結婚がお嫌なのですか……!?」
「愛甲さん……?」
「確かに、私はそこまで器量のよい方ではありません! 世間知らずなところもあるのでしょう! それならそうと、はっきりと言ってくださればいいのに……! 私が気に入らないから、こんな女とは結婚できないと……!」
「愛甲さん、落ち着いてください」
「先程、晴久様は私と結婚する気はないと仰いましたね! あなたこそ、恋い慕う方がいらっしゃるのではないですか!? だから私にこんなことを……!」
「……ごめんなさい。僕の事情も話さずに、あなたの心に立ち入ろうとしてしまいました。僕が結婚をする気がない理由も、きちんとお話しますから」
僕は、愛甲さんを落ち着かせるために彼女の背中を軽くさすります。
振り払われるかと思いましたが、愛甲さんはその手を受け入れてくれました。
「……晴久様、申し訳ありません。急に取り乱してしまって……」
「いえ、僕の方こそ本当にすみませんでした。僕の話を聞いていただけますか?」
「ええ、わかりました……」
こうして僕は、自分の生い立ち、そしてこの崖で起こった出来事について話すことになったのでした――――――――――。