夕日に照らされたのは
「まあ、なんて美しい夕日なんでしょう……!」
「気に入っていただけてよかったです」
僕は、あの崖に愛甲さんを案内しました。
素直に喜んでくれているみたいですし、やはり悪い人ではなさそうですね。
……彼女ならば、僕の話を聞いてくれるかもしれません。
「改めて、自己紹介させていただきますわね。愛甲桔梗と申します」
「初めまして。僕は遠野晴久と言います。あの、愛甲さん……」
「嫌ですわ、晴久様。私たち、もうすぐ夫婦になりますのよ。愛甲だなんてそんな他人行儀な呼び方はおよしになって、どうぞ桔梗とお呼びください」
「そのことなんですが、僕はあなたと結婚する気はないんです」
僕の言葉を聞いても、愛甲さんの微笑みは崩れません。
こんなことを言われて、どうして笑っていられるんでしょう……?
「そうなのですか。でも、父の決めたことは絶対なので逆らっても無駄ですよ」
「……あなたはそれでいいのですか? 出会ったばかりの男と結婚なんて……」
「はい、構いません。生まれた時から、自分で選んだ相手ではなく親の決めた殿方と結婚する運命でしたから。むしろ私は、安心しているんです」
「安心、ですか……?」
「だって、晴久様はとても優しそうな方じゃありませんか。見た目も、髪が薄かったり、お腹が出ていたりもしなくて素敵です。幼い頃から、そのような年上の男性と結婚するものだと思っていましたから。今日お会いして、あなたが同年代の爽やかな男性ということが分かってとてもホッとしました」
……彼女の言うことに、嘘は感じられません。
でも、どこか笑顔が寂しそうに見えるのは気のせいでしょうか……?
「私、晴久様とならよい夫婦になれると思うんです」
「……それは、本心ですか?」
「はい。紛れもない私の本心です」
「……では、なぜそんなに悲しそうに笑うのですか?」
「悲しそう、ですか……? 私が……?」
「はい。一緒になりたいお相手が、他にいらっしゃるのではないですか……?」
……これは、一か八かの賭けでした。
僕の予想通り、愛甲さんの笑みが徐々に失われていきます。
……現状を打破する糸口は、もしかしたらここかもしれません。
僕は愛甲さんの目を真っ直ぐに見つめると、口を開いたのでした――――――――――。




