必ず戻る、この場所に
「……というわけなんです。今日、一度実家に戻ります」
「わかった。……ハルくんのおうち、大変なことになっていたんだね」
「はい。息子の僕も、今日まで知りませんでしたが」
……事情を説明する内に、僕の表情は曇っていったのでしょう。
透花さんは心配そうな顔で、静かに口を開きました。
「よかったら、私も一緒に着いていこうか?」
「え……?」
「上司として、ハルくんの働きぶりをお父さんに話すことくらいはできるよ。話を聞いてもらうってことが、そもそもかなり難しいのもしれないけど……」
「でも、透花さんにはお仕事が……」
「そんなのどうにでもなるよ。私には、仕事よりもハルくんの方が大切だから」
……確かに、透花さんが隣にいてくれればとても心強いです。
父の前で、堂々と話をすることだってできるかもしれません。
……でも今回は、自分の力で解決しなきゃならない気がするんです。
そうしなければ、僕はいつまで経っても半人前のままなんでしょう。
……きっと、目の前の美しい人に男として見てもらうこともできない。
「……ありがとうございます。透花さんのお気持ちはとても嬉しいです。でも、僕一人で大丈夫ですよ。きちんと父と話をして、ここに戻ってきます」
「……そっか、わかった。何かあったら、いつでも連絡してね」
僕が自分の決意を口にすると、それ以上透花さんは何も言いませんでした。
ここで僕は、透花さんに伝え忘れていることを思い出しました。
「あっ、そうです! 応接室のカーペットのことなんですが……」
「カーペットがどうかしたの?」
「先程、紅茶を零してしまいまして……。これからさっと綺麗にしていくつもりなんですが、完璧にシミを落とすまではできないと思うんです。……その、帰ったら僕が洗濯しますので、そのままにしておいてもらえますか?」
……これは、僕の覚悟の表れでもあるんです。
僕は、絶対にこの場所に戻ってきます。
「わかった。代わりに洗ったり、新しいものに変えたりしないから」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
「ハルくん、いってらっしゃい。気を付けて」
「……はい! いってきます!」
透花さんの笑顔に応えるように、僕も笑って部屋を出ました。
自室でほんの少しの荷物を纏めると、掃除用具置き場へと向かいます。
応接室に戻りカーペットの汚れを拭き取ってから、母と一緒に実家へと向かったのでした――――――――――。