息子、ですから。
急に大声を出した母は、肩で息をしながら呼吸を整えています。
僕はどうしたらいいのかわからず、その光景をただ見つめていました。
……それは、長いような短いような、なんとも不思議な時間でした。
「ああ、私ったらなんてことを……! 晴久、ごめんなさい……!!」
さっきまであんなに怒っていた母が、今度は涙を浮かべているんです。
……そして、縋るように僕の手を握ってきます。
「でも、あなたを連れて帰らないと私がお父さんに怒られるのよ……! 晴久なら、あの人がどんなに恐ろしいかわかるでしょう……!? だからお願い、私と一緒に家に帰りましょう……! もう、あの人に怒鳴られたくないの……!」
……ここにきて、ようやく母の本心が見えたような気がしました。
この人は、僕が実家に戻っても戻らなくても多分どっちでもいいんです。
僕を連れ帰れなかったことで、父に怒られたくないだけなんですね……。
「……お母さん、落ち着いてください。わかりました。一度実家に戻ります」
それでもやっぱり、あの家に戻りたくはないですが……。
……僕は、目の前で泣いているこの女性を放っておくことができません。
温かい記憶はほとんどないけれど、血の繋がった母親ですから……。
……きっと父も、僕が母を見捨てられないことを見抜いているはずです。
だから自分ではなく、わざわざ母を王都に来させたんでしょう。
「晴久ならそう言ってくれるって信じてたわ! だって、私の息子だもの!」
「……お父さんと話をするために帰るだけなので、すぐにこちらに戻ります」
「実家に戻れば、そんなこと言わなくなるわよ! だって、とても素敵な婚約者だって待っているんだもの! あ~、結婚式が楽しみだわ!」
「……婚約者って、どういうことですか?」
「晴久は、袴もタキシードもどっちも似合いそうね。一生の一度のことだし、せっかくだから両方着なさいな。あっ、でも、ちゃあんとお嫁さんの意向も聞かなきゃダメよ。だって、二人の初めての共同作業になるんだものね!」
機嫌がよくなった母は、結婚式について嬉しそうに話しています。
……僕は、自分に婚約者がいるという話すら知りませんでした。
確かに、おじいちゃんとおばあちゃんが亡くなった時に、家のために両親が決めた相手と結婚しろと言われたことはあります。
……でも僕は、その話が具体的になる前に故郷を離れました。
だから、その話はもう終わったものだと思っていたのですが……。
(……とにかく、母から詳しい話を聞かなければなりません)
すっかり浮かれている母は、こちらの質問に対して次々に答えてくれます。
その話を聞けたおかげで、父がどうして僕に戻って来るように言ったのか、その理由がはっきりとわかったんです――――――――――。