面影が見つからないんだ
僕は母に断りを入れると、一旦応接室を出ました。
そのままキッチンに向かい、二人分の紅茶を淹れます。
(この間に、なんとか落ち着かないといけませんね……)
僕の頭は、自分が思っている以上に混乱しているみたいです。
まさか、僕が料理をするのを父が認めてくれるなんて……。
嬉しいですが、一体何があったんでしょうか……?
あの父が、何の理由もなく僕に戻ってこいと言うとは思えません……。
……それとも、僕と離れている間に考え方が変わったんでしょうか?
人間なので、その可能性も零ではないとは分かるのですが……。
「お母さん、お待たせしました」
僕は、紅茶と手作りのクッキーを持って応接室に戻ります。
母は、紅茶を一口飲んだだけでクッキーには手をつけませんでした。
にこにこと笑ったまま、畳みかけるように話しかけてきます。
「晴久、どうかしら。うちに戻ってきて、またみんなで仲良く暮らしましょうよ」
「……お父さんが、どうして急に考えを変えたのか教えてください」
「晴久がいなくなって、その大切さに気付いたのよ。お母さんもおんなじ。あなたがうちにいてくれるなら、料理くらいさせてあげてもいいって言ってたわ」
「そうなん、ですか……」
母はこう言っていますが、僕は彼女の言葉を信じることができません。
……この笑顔も、どこか嘘くさく、薄っぺらいものに感じてしまうんです。
「お母さん、ごめんなさい。僕は、あの家に戻る気はありません」
母の目をまっすぐに見つめながら、僕はそう言いました。
母の顔から徐々に笑みが消えていきますが、そのまま続けます。
「その言い方だと、僕が料理をすることへの認識を改めてくれたわけではないんですよね。……お父さんだけじゃなくて、お母さんも。確かに家を出た時は、料理ができればどこでもいいと思っていました。だけど今は、そうじゃないんです。僕はこの家で、僕を受け入れてくれたみんなのために料理を作りたいんです。それが、僕の将来にも繋がっていくものだと信じているので。だから……」
「……どうしてお母さんの言うことが聞けないの! 私は晴久を、そんな悪い子に育てたつもりはないわ! いいから、親の言うことを黙って聞きなさい! それが、あなたの将来にとっても一番いいことに決まってるでしょう!?」
僕の言葉を遮って、お母さんが突然叫びました。
興奮しているようで、テーブルの上の紅茶やクッキーを床に叩き落とします。
……僕は、お母さんの感情の急激な変化についていくことができません。
割れてしまったティーカップやクッキー、そしてカーペットに広がっていく紅茶を見ながら、呆然とその場に立ち尽くしてしまったのでした――――――――――。