途切れたまどろみ
とある、天気のいい昼のことだった。
学校が午前中で終わり部活も休みだった心は、庭にあるハンモックで日光浴をしていた。
ちなみに彼は、弓道部に所属している。
いつもは開き切っていない瞼が、的を狙う時だけは大きく開くらしい。
そんな彼に、春の陽射しのような柔らかな声をかける者がいた。
「心くん。ちょっといいかな?」
「……透花さん。うん、大丈夫」
それは、一枚の書類を手にした透花だった。
「急にごめんね。実は、取り急ぎ心くんにお願いしたい任務ができたの」
「僕に……?」
「うん。簡単に説明するね」
透花は、持っていた書類を読み上げ始める。
任務の内容は、とある動物の保護だった。
少し離れた地区の森に、本来そこには生息していない動物の姿が確認された。
絶滅危惧種に指定されているほど珍しい動物なので、国の方で保護したいらしい。
しかし、多数の人間を動員すれば気付かれて逃げられてしまうかもしれない。
そこで白羽の矢が当たったのが、一色隊だったというわけだ。
「……というわけなの。行ってもらえるかな?」
「野生で暮らすことが、その子にとって一番の幸せだと思う……」
「うん。私もそう思うよ。だからここからは、私の独り言ね」
「……うん」
「保護するふりをして、その子をうまく逃がしてあげてほしいの。動物と話せる心くんなら、そんなに難しいことじゃないでしょう?」
「でも、そんなことしたら……」
「ああ、こっちのことなら心配しないで大丈夫だよ。うまくやるから」
「……わかった。それなら行く」
「ありがとう! じゃあ、その動物の詳細について少し話しておくね」
透花は嬉しそうに笑うと、書類の裏面に目を向ける。
「心くんは、アルジャンアルパガって聞いたことある?」
「……ううん、知らない」
「白銀の毛色を持つ、とても美しいアルパカなの」
「……そんな動物がいるんだ」
「うん。……そして、とても珍しいからその毛はとんでもない高値で取引される。一頭捕まえて毛を売れば、一生遊んで暮らせるくらいにね」
「え……?」
「だから、捕まえたいって人間が後を絶たない。そういう輩に捕まる前に、その子を安全な場所まで逃がしてあげて」
「……絶滅危惧種なのに、捕まえようとする人がいるの?」
「残念なことに、バレなければ問題ないと思っている人間が多いのが事実なんだ。その毛も、闇取引で売買されるみたいだから」
「……わかった。すぐに行く」
そう言うと心は、いつもよりも機敏な動きでハンモックから下りてきた。
「心くん、待って。最後に一つだけ。もしかしたら彼らは、銃を持っているかもしれない」
「銃……?」
「うん。十中八九が麻酔銃だとは思うよ。殺さずに捕まえないと一回しか毛が採れないから。……でももしかしたら、中には本物の銃を持っている人もいるかも。そういう人に遭遇した時は、迷わずに逃げてね。自分の命を優先して。これだけは約束してほしいの」
「……わかった」
「急ぎの任務が終わり次第、私と柊平さんもすぐに向かいます。決して無理はしないで」
「……うん、行ってきます」
少しずつ小さくなる心の背中を、透花は心配そうな表情で見送る。
自分の中にある悪い予感が当たらないことを信じて――――――――――。