そんなに単純じゃない、はず
⑥午後五時、診療所にて
この日の診療を終えた理玖は、二つの袋を持って外へ出た。
一つには、煎餅や飴などの理玖でも食べられる菓子が入っている。
これらは、診療所によく来る数人の老年女性から貰った物だ。
理玖がチョコレートやクッキーなどの動物性食品が入った菓子を口にしないことをどこかで耳にしたようで、それらを避けた内容となっている。
二つ目は、透花から庭師の大吾へのチョコレートだ。
それを渡すために、彼は庭に出たのだった。
「……そんな格好で寒くないの」
「おっ、春原先生! 今日の診療は終わったのか?」
「……ああ。だから君もそろそろ帰りなよ」
「そうだな~。すっかり暗くなっちまったし、そろそろ帰るとすっか!」
「……これ、彼女からのチョコレート。君と奥さんにだって」
「彼女っつーのは、どこの彼女さんだべ?」
「……君の雇い主のことだよ」
「ああ! 一色様か! うおー! ありがてえなー!」
「……じゃあ、渡したから」
大吾に押し付けるように袋を渡すと、理玖はさっさと帰ろうとする。
そんな理玖の様子を気にすることなく、大吾は朗らかに声をかけてくる。
「春原先生、一色様からのチョコが楽しみで仕方ないって顔してるべ!」
「……君、目が悪いんじゃないの。今度検査してあげようか」
「おら、顔も頭も悪いけど目だけはいいんだからな! 両目とも二.〇だべ!」
「……じゃあ、最近悪くなったんじゃない」
「そんなはずはない! ……けど、春原先生が言うならそうなのかもなー? 先生、やっぱり今度検査をお願いしたいべ!」
「……はあ」
皮肉が通じない大吾に、理玖は小さくため息を吐いた。
そんな理玖を、大吾は不思議そうに見ている。
「……大丈夫。君の目はきっと正常だよ」
「そうだよな! いやー、一瞬ヒヤッとしたべ!」
「……じゃあ、僕はもう帰るから。君も早く帰って」
「おう! 春原先生、お疲れ様でしたー!」
「……お疲れ様」
屋敷に向かって歩き出した理玖の背中に、大吾の大きな声が降り注ぐ。
「あっ、言い忘れてたべ! 日菜子からみなさんへの菓子を、さっき通りかかった緒方くんに渡してあっからー! ちゃんと先生も食べれる物が入ってるって言ってたから、よかったら食べてくれなー!」
その言葉に、理玖は軽く手を上げて答えた。
屋敷に向かう彼の表情はどこか不機嫌で、足取りもいつもより荒い。
『春原先生、一色様からのチョコが楽しみで仕方ないって顔してるべ!』
それは、この言葉が真実であったことを証明しているのだろう。
理玖は金色の髪を夕風に靡かせながら、透花が待つ家へと帰るのだった――――――――――。