青春とは、甘酸っぱいものなのです。
④午後四時、中庭の隅っこにて
(緒方くん、来てくれるかな……)
颯に想いを寄せる寧々は、中庭の隅で彼のことを待っていた。
中庭は、別学であるこの高校で男女ともに使用が認められている場所なのだ。
前日に、渡したい物があるから中庭で待っているという旨の連絡をした。
それに対する返信はなかったが、彼女はここで颯を待つことにしたようだ。
十分ほど経ったところで、忍者のような足取りの颯がやって来た。
どうやら、女子生徒と接触しないように細心の注意を払っているらしい。
「その、あの、来てくれてありがとうっ」
「おおおおおおおおおお、おう……!」
向かい合う二人の距離は、不自然なほどに開いている。
バレンタインデーの放課後に、女子から呼び出されたのだ。
本来ならば赤くなっていてもおかしくない状況だが、颯の顔は真っ青だ。
この距離が、彼にとっては限界なのだろう。
「これ、よかったら貰ってほしいなって思って。えっと、ここにかけておくね。私がいなくなってから取ってくれればいいからっ」
それを察した寧々は、チョコレートが入っている袋を木の枝に引っ掛けた。
「ただの私の自己満足だから、お返しはいらないからっ! じゃあ……」
「あああああ、あい、はらさん……!」
寧々が立ち去ろうとしたところを、颯が呼び止めた。
初めて名前を呼ばれたこと、そして颯から自発的に話しかけられたことに、寧々は驚きを隠せない。
「は、はいっ……!」
「あああ、あざまっす! そそそそその、ちゃんと食うんで!」
「……うん! ありがとう、緒方くんっ!」
笑顔で礼を言うと、寧々は軽快な足取りでこの場から離れていく。
帰り道、彼女はスキップしたくなる衝動を抑えるのに必死だった。
(緒方くんが名前呼んでくれた……! それに、ありがとうって言ってたし、ちゃんと食べてくれるとも言ってたし……! 嬉しいっ!!)
他の者からしたら、なんてことのない小さな出来事に過ぎない。
だが、寧々にとってはとても大きく、そして嬉しい変化なのだ。
(そもそも、緒方くんってチョコ好きなのかな……? わ、私、髪の毛ぐちゃぐちゃじゃなかったよね……!? 中庭って風が強いしっ……)
寧々は、恋する乙女の思考全開で家路を辿っていく。
一方その頃、颯は中庭にへたり込んでいた。
女子と話すという珍しい行動をとったため、腰が抜けてしまったようだ。
十分ほどで回復すると木の枝にぶら下がった袋をしっかりと手に取り、彼もまた帰路についたのだった――――――――――。