幸せで膨らんだ鞄
③午後三時三十分、公園にて
虹太はこの日、公園でリサイタルを行っていた。
大学は既に長い春休みに入っており、時間はたっぷりとあるのだ。
この間の任務で音楽への想いを再確認した虹太は、暖かい日を見つけては出来るだけ外で演奏するようにしていた。
平日の昼間だというのに、今日も大盛況である。
老若男女問わず、たくさんの客が虹太の演奏のために集まってくれた。
「みんな、今日もありがとー☆ よいバレンタインを!」
二十分ほどで、リサイタルは幕を閉じた。
キーボードを片付けていると、女子高生三人組が虹太に声をかける。
「椎名さん、バレンタインだしこれあげる!」
「うちもうちも~! あっ、市販だから味の保障はされてるから!」
「うちら椎名さんのファンだから、いっつも演奏楽しみにしてるんだ~!」
そう言うと、どこのスーパーでも売られているような小さなチョコレート菓子を虹太の掌に乗せた。
どう見ても義理チョコだが、ファンからの差し入れは嬉しいものだ。
虹太はそれを受け取ると、彼女たちに笑顔を見せた。
「わ~、ありがと♪ めっちゃ嬉しいよー!」
「お返しは、特別に椎名さんの演奏でいーよ☆」
「だから、ホワイトデーの日もここで演奏してよね!」
「うちら、彼氏もいなくて暇だしね~」
「おっけーおっけー☆ でも、その日までに彼氏できたらそっちを優先しな~」
「「「はーい!」」」
女子高生たちが去ると、今度は一組の老夫婦が話しかけてきた。
「虹太くん、今日もいい演奏だったよ」
「寒いのに、まあよく頑張るわねえ」
「それはこっちのセリフだよー! 今日も来てくれてありがと☆ 二人とも、早く帰って家でゆっくりあったまって! 風邪ひいたら大変っしょ~!?」
「なあに、まだまだ若い者には負けんよ。毎朝、乾布摩擦もしてるしな」
「虹太ちゃんも、これでも飲んで温まってね。じゃあ、また来るわ」
「うん、気を付けて帰ってね~!」
老婆がくれたココアの缶は、冷たくなり始めた虹太の指先を温める。
その後も様々な観客が、ちょっとしたお菓子や飲み物を虹太に贈った。
差し入れを貰うことはあったが、今日は目に見えてその量が多いようだ。
いつも幸せな音楽を聴かせてくれる虹太に、感謝の気持ちを伝えたい。
そう考えた観客たちからの贈り物が、虹太は嬉しくて仕方なかった。
(みんなの笑顔を近くで見れるこの距離が、やっぱり好きだな♪ だって俺は、自分の演奏でいろんな人に笑顔になってもらいたいんだもん! その笑顔をパワーにして、もっともっとがんばっちゃうぞーって思えるんだからさ!)
片付けを終えると、虹太はキーボードと荷物を持って歩き出した。
来た時はぺしゃんこだった彼の鞄は、今はたくさんの贈り物で膨らんでいる。
それを時折愛おしそうに見つめながら、虹太は家路を辿るのだった――――――――――。