甘い香りを、あなたに
②午後一時、軍本部にて
柊平は、軍の本部を訪れていた。
午前中に、透花宛ての荷物が届いていると連絡があったのだ。
透花は今日一日休暇のため、代わりに引き取りに来たというわけである。
(……ある程度予想していたとはいえ、すごい香りだ)
彼の目の前には、段ボールが五箱ほど積まれている。
甘い香りから推測するに、中身のほとんどはチョコレートだろう。
(……先日、軍の新聞用のインタビューに答えられていたな。その際に好物はチョコレートだと仰られたので、皆こぞって贈ってきたのだろう)
このチョコレートの贈り主は、男女半々のようだ。
透花が、性別を問わずに憧れられている証だろう。
一度には運べないため、柊平はまず一つ目の段ボールを持ち歩き出した。
車に向かっていると、一人の女性が声をかけてくる。
どうやら、彼女も透花にチョコレートを渡したいようだ。
「あの、白い隊服を着られているということは一色隊の方ですよね……!?」
「……はい。そうですが」
「これ、一色隊長に渡していただけませんか……!?」
「……こちらに入れてください。隊長には、責任を持って届けますので」
「ありがとうございます!!」
女性は嬉しそうに、柊平が持っている段ボールにチョコレートを入れる。
そして一礼をすると、軽やかな足取りで去っていった。
その後も同じようなやり取りが繰り返され、贈り物はどんどん増えていく。
(これで最後か……。まだ増えるかもしれないが、一度屋敷に戻ろう)
五個目の段ボールを車に積み終え、扉を閉めようとした時のことだった。
「こ、これ受け取ってください……!」
柊平は、一人の女性に声をかけられたのだ。
「……はい。必ず一色隊長にお渡ししますので、こちらへどうぞ」
柊平は慣れた様子で、彼女のプレゼントを段ボールの中に誘導しようとする。
「いえ、これは一色隊長にじゃなくて久保寺さんになんですが……」
「……私にですか?」
柊平が改めて女性の顔を見ると、彼女は恥ずかしそうに頬を染めていた。
「た、たまにこちらに書類を届けに来られる姿を素敵だなと思って見ていたんです……! なので、よかったら貰ってください……!!」
想定外の出来事に、柊平は固まってしまう。
自分がチョコレートを渡されるとは、想像してもいなかったからだ。
だが、朱に染まる頬、微かに震える女性の手を見て我に返った。
彼女の想いを無下にするようなことはしてはならないと、強く感じる。
「……ありがたく頂戴いたします。来月にはお返しを持って伺いますので、差し支えがなければお名前と所属隊を教えていただけますか?」
柊平は、優しい手付きで青いリボンがかかった箱を受け取る。
チョコレートを渡せるだけで満足だった彼女に返ってきたのは、思い描いていたよりも何倍も優しい言葉だった。
「あ、ありがとうございます!!」
名前と所属隊を告げると、丁寧にお辞儀をして帰っていく。
彼女の背中を見送ってから、柊平は運転席に乗り込んだ。
(……甘い物が好物というわけではないが、嬉しいものだな)
甘い香りが充満する車内でそう思う柊平の顔は、どこか柔らかい。
様々な想いとそれが込められたチョコレートを運ぶべく、柊平はアクセルを踏み込むのだった――――――――――。