今の俺は、"一色隊の椎名虹太"なんです!
あー、この人、よくコンクールの審査員をやってた先生だ。
高校生の頃から顔はほとんど変わってないから、そりゃ覚えてるよね~。
「先生、お久しぶりです~」
「いやー、本当に久しぶりだね! 最近はどうしたんだい? コンクールにも出ていないし、かといってプロとして活躍しているわけでもなさそうだし」
「あはは、色々あったんですよ~」
「さっきの演奏を聴く限り、ピアノをやめたわけではないんだろう? 表舞台に戻ってきて、クラシック界に花を添えてくれないかい? 最近は、めっきり明るいニュースがなくてね。神童と呼ばれた君がいれば、この業界も安泰だよ!」
「いえいえ、今の俺は軍人なので!」
「ぐん、じん……? 椎名くん、それは何の冗談かな……?」
「冗談なんかじゃないですよ~。今の俺は、ただの大学生兼軍人です!」
俺は、みんなに聞こえるように大きな声でそう言った。
確かに神童って呼ばれてた時期もあったし、実際そうだったと思うよ。
でも今はさ、”一色隊の椎名虹太”っていうのがしっくりくるんだよね。
「一色透花隊長が率いる一色隊に所属してるんです。あ、でも音楽活動は続けてますよ~。たまに公園でリサイタルをやったり、アイドルの曲を作ったり!」
「公園……!? それに、アイドル……!?」
「はい。昔とは違うけど、楽しみながら音楽と向かい合ってますよ~」
「……なんてもったいないことをしているんだ! 君ほどの腕があれば、超有名なホールを満員にすることだって簡単だというのに……!」
「もったいなくなんか、ないです」
……だって、俺はそんな風に思ったことなんて一度もないんだから。
今の、みんなと一緒に暮らす生活が楽しくて仕方ないんだよね~。
……それに、これだけは絶対に胸を張って言えるんだ。
「今の俺には、自信を持って言えることがあります。昔の自分より、今の自分が好きです。今の自分の音楽も、とーっても愛してるんですよ!」
俺が笑顔で言い切ると、審査員の先生がそれ以上口を開くことはなかった。
「それでは、失礼します。あっ、俺はたまに公園で演奏してるので、見かけたら気軽に声をかけてださいね~☆ 曲のリクエストなんかも受け付けますので!」
俺はそう言うと、これ以上話しかけられないように急いで会場を出た。
透花さんのところに戻るのは、ちょっと休憩してからでいいよね……?