迷子になりたくないんだ
志摩くんの音を聴いた俺は、動けなくなっちゃったんだ……。
そんな俺を不思議に思った透花さんが、心配そうに声をかけてくれる。
「虹太くん、大丈夫? 何かあった?」
「……ううん、平気だよ」
なんとかそう言ってはみたけど……。
いつもみたいに笑顔じゃないし、声も震えてる。
こんなの、嘘だってバレバレだよね……。
「挨拶も一段落ついたし、少し休憩しようか。何か飲み物を持ってくるよ」
そう言うと、俺の腕と組んでいた透花さんの手が離れていく。
それが、俺にはとっても怖いことに感じられて……。
「透花さん、待って……!」
俺は、とっさにその手を掴んでた。
今は、どうしても透花さんの手を離したくないんだ……。
この温もりを失ったら俺は、迷子になっちゃいそう……。
うまく言えないけど、そんな風に思えて仕方ないんだよ……。
掴まれた手を、透花さんは一瞬だけ驚いたように見てた。
だけどすぐに、いつもと違った様子の俺に何かを察してくれたみたい。
離れていこうとしてた手が、また俺の腕を優しく掴む。
そのことに心からホッとした俺は、へにゃりと笑ったんだ。
「先に行こうとしてごめんね。喉が渇いたから、何か飲まない?」
「うん。そうしよ~。俺も喉渇いた!」
ウェイターからお酒を受け取ってる内に、志摩くんの演奏は終わってた。
あの音が聴こえないことに安心して、カクテルを喉に流し込む。
(おいしー……)
シャンパンに、オレンジの爽やかな酸味が混ざった味だ。
「透花さん、このカクテル、なんて名前だっけ~?」
「ミモザだよ。シャンパンにオレンジジュースを混ぜたものだね」
「ミモザ、かぁ……」
……きっとこのカクテルも、キレイなオレンジ色をしてるんだろうな。
そんなことを考えながら、俺はそれをもう一度口に含む。
そして、今日の任務に対して改めて気合いを入れ直したんだ。