ちょっとだけ、昔話を聞いてね
これは、今よりもちょっとだけ昔の話だよ。
俺は手の怪我がきっかけで、世界の全てだった音楽を手放しちゃったんだ。
……一緒に生きていけないって思ったからそうしたのに、おかしいよね。
離れたら、それはそれですっごく苦しいんだ……。
……未練がましく、ギターを弾いたり、作曲なんかしちゃったりしてさ。
自分で決めたことなのに、俺ってほんとかっこわるいっていつも思ってた。
そんな俺に、転機が訪れる。
まずは、透花さんに出逢ったこと。
これはもう、運命としか言いようがないよね!
綺麗なお客さんだなぁって思ってた人と、偶然再会できるなんてさ♪
……透花さんのおかげで、もう一つの出逢いがあったんだから。
それは、中条奏太くんっていうピアノが大好きな男の子と巡りあったこと。
……奏太くんに会えなかったら、二度とピアノを弾くことはなかったと思う。
いつまでもウジウジしたまま、中途半端に音楽にしがみついてたかも……。
奏太くんの演奏を聴いて、俺の中の気持ちが溢れ出してきたんだ。
俺はやっぱり音楽が大好きで、ピアノをまた弾きたいって強く思った。
ほんと、この二人には一生頭が上がらないよ~。
「椎名さん! こんにちは!!」
「奏太くん、いらっしゃい☆ あれ、なんだかテンション高いね~!」
「もう、楽しみすぎて! だって、椎名さんのピアノが聴けるんですから!!」
またピアノを弾くって決めた日に、俺は奏太くんと一つの約束をしたんだ。
それは、俺のリスタートの最初のお客さんになってもらうこと!
ちゃんと練習したものを聴いてほしかったから、時間をもらったんだよ~。
「そんなに楽しみにしてくれてたなんて、なんか感激しちゃうよ~♪ 改めて、俺のリサイタルへようこそ! 楽しい演奏をお届けできればって思ってます☆」
約束の日から、二ヶ月ちょっとかな?
やっとその約束を果たせる日がきたんだよ~!
この日のために、俺、めっちゃくちゃ練習がんばった!
指も鈍ってたし、リズム感も狂っちゃってるんだもん……。
……まあ、今まで練習してなかったから自業自得なんだけどね。
でも、怪我の影響が全然なくてほんとよかったな~。
(奏太くんに楽しんでもらうのはもちろんだけど、一番楽しいのは俺だよね~。鍵盤に触れるのが、嬉しくて仕方ない。だって俺は、音楽を愛してるから!)
そんなことを考えながら、鍵盤に指を滑らせる。
そして俺は、練習してきた曲を弾き始めたんだ――――――――――。




