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透く花の色は  作者: 白鈴 すい
第四十六話
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だいすきな人

⑨一色透花の場合


 今日は透花が迎えの当番だ。

 クラブの玄関で大和と美海を待っていると、一人の男が入ってきた。

 イライラしているのか、男は不機嫌な様子を隠そうともせずに言葉を放つ。


「なんだぁ? 随分若い母親だな。はっ、最近流行りのデキ婚ってやつか。こんな若い女に、母親なんて務まるのかねぇ」


 ここにいるということは、誰かの父親なのだろう。

 あからさまな敵意を気にすることなく、透花は柔らかな笑顔で対応する。


「いえ、私は仕事仲間の弟妹も迎えに来ただけです。母親ではありませんよ」

「へっ、そうかよ」


 男は、吐き捨てるようにそう言った。

 自分から声をかけてきたにも関わらず、話の内容に興味はないようだ。

 しばらくすると、帰る準備を終えた大和と美海がやって来た。


「こんにちは!」


 美海は男に対して挨拶をしたが、大和はぺこりと頭を下げただけだ。

 声が出ない彼は、挨拶をする時はいつもこうしているのだ。


「なんだぁ? このガキ、大人がいるってのに挨拶もしやがらねえ」


 しかし、事情を知らない男には大和の態度が癪に障ったらしい。


「挨拶なんて常識だろうが! おら、言ってみろ!」


 そう言うと、大和との距離を縮めようとする。

 しかし、透花がそうはさせなかった。

 先程と変わらない笑顔で、大和と男の間に立つ。


「彼は声が出ないんです。ですから、会釈があなたへの挨拶なんですよ」

「声が出ないだぁ? んなもん……」

「大和くん、美海ちゃん」


 ここで透花は男の言葉を遮り、二人に優しく声をかける。


「この人とお話があるから、もう少し遊んで待っていてくれるかな」

「……うん! わかった! やまとくん、いこ!」


 二人にも、男が心無いことを言おうとしている雰囲気が伝わったのだろう。

 いつもと変わらない笑顔を浮かべている透花の様子が、どこか違うことも。

 荷物を玄関付近に置くと、遊びに戻っていった。


「あなたの汚い言葉をあの子たちに聞かせるわけにはいかないので、少しお時間いただきました。待っていただき、ありがとうございます。続きをどうぞ」


 男は、待っていたのではない。

 透花の雰囲気に威圧され、言葉を発することが出来なかったのだ。

 だが、そんな透花に負けじと必死に言葉を紡ぐ。


「さっきお前はあのガキの声が出ないって言ってたけどな、そんなの気の持ちようなんだよ! あいつが声を出そうとしてないだけだろうが!」

「とある理由により声が出なくなったと、お医者様から診断を受けています」

「じゃあ、その理由ってのを言ってみろよ!」

「それに関しては、私の口からは答えかねます。個人的な理由を、赤の他人にお話する道理はありません。ですので、丁重にお断りさせていただきます」


 あくまでも冷静に言葉を選ぶ透花に、男は返す言葉がなくなっていく。


「あ、あいつらの母親でもないくせに! 出しゃばるんじゃねえよ!」

「はい。あなたの仰る通り、私はあの子たちの母親ではありません。ですが、私にとってあの子たちが大切な存在であることは確かですから。あなたのように危害を加えようとする人間を、黙って見ているわけにはいかないんです」


 透花の表情は、変わっていない。

 笑顔で淡々と言葉を吐く姿は、男にとって恐ろしいものだった。


「……色々失礼なことを言いやがって! お前、どこでなんの仕事をしてる!? お前の会社に、今日あったことを全て話してやる!」

「申し遅れました。会社員ではありませんが、どうぞご自由にご連絡ください」


 透花は自分の荷物から名刺を取り出すと、丁寧な仕草でそれを差し出した。


「ふん!」


 興奮気味の男は、それをひったくるように奪い取る。

 しかし、名刺を見て男の態度は一変した。

 透花と名刺を交互に見ながら、急に震え出したのだ。


「い、一色隊隊長、一色透花……!?」

「はい」


 年末年始に起きた王宮爆破事件を解決した透花の名前は、大きく報道された。

 男も、ニュースなどでその名を目にしたことがあったのだろう。

 目の前の華奢な少女が当人であることに、驚きを隠せない。


「お、お前があの爆破事件を解決した一色透花だと……!?」

「私のことをご存知だったんですね。ありがとうございます」

「ぐっ……!」

「何かあればそちらの名刺の連絡先まで、気軽にご連絡ください」


 透花この日一番の、極上の笑みを浮かべる。

 そして、放心状態の男を気にする様子もなく優しい声で大和と美海を呼ぶと、その場を颯爽と立ち去っていった。

 クラブからの帰り道で、透花は困ったような笑顔で二人に話しかける。


「二人とも、怖い思いをさせてごめんね。特に大和くんは……」


 透花は、最初の段階で大和を守り切れなかったことを悔いているのだ。

 大和は慌てて首を横に振ると、それを否定する。


『だいじょうぶだよ。おねえちゃんがまもってくれたから、こわくなかった!』


 一刻も早く自分の気持ちを伝えたかったのだろう。

 いつもは丁寧にノートに綴られる字が、少し乱れている。


「うん! あそびにもどってからも、やまとくんすっごくげんきだったよね!」


 続けて、美海もそう言った。

 二人は、透花の笑顔が大好きだ。

 彼女が悲しい顔をしていると、自分たちまで悲しくなってしまうくらいに。

 そんな二人の純粋な表情を見ていると、透花の心がじんわりと温かくなる。


「ありがとう。そうだ。今日の夜は三人で一緒に寝ようか」


 そう言った透花の顔は、二人の大好きないつもの笑顔だった。


「うん! とうかねえといっしょにねるのひさしぶりだね! たのしみ!!」


 美海は元気に返事をする。

 大和も嬉しそうに、いつもよりも大きく頷いた。

 この夜は、透花を挟んで幸せそうに眠る二人の姿があったのだった。

 一色透花がお迎えに行くと――――おかあさんでも、おねえさんでもない。ちはつながってないけど、いつでもまもってくれるだいすきな人。

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