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透く花の色は  作者: 白鈴 すい
第四十六話
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ぼくだけのおにいちゃん!

⑦柏木蒼一朗の場合


 今日は蒼一朗が迎えの当番だ。

 学童クラブまで行ったが、室内に美海と大和の姿が見当たらない。


「あの、すみません。柏木大和と椎名美海を迎えに来たんですけど」

「大和くんのお兄さん、こんにちは! 今日は暖かいので、半分くらいの子は他の職員と一緒に近くの原っぱに遊びに行ってるんですよ。大和くんと美海ちゃんも、楽しそうに出かけて行きましたよ」


 近くにいた職員に尋ねると、そのような答えが返ってきた。

 青一朗は直接屋敷へと還れるように二人の荷物を預かると、野原へと向かう。

 野原では、二十人ほどの子ども達が二つに分かれて遊んでいた。

 男たちはサッカー、女の子たちはこおり鬼をしているようだ。

 大和が女子のグループで遊んでいるのを見て、蒼一朗は小さくため息を吐く。


(別に誰と遊ぼうが、大和の好きにすればいいんだけどよ……。女子に混じっても、楽しそうだし……。だけどあいつ、もしかして男の友達いねーのか……?)


 大和が男子と遊んでいるのを見たことがないため、前から心配していたのだ。


(話せない分、男子が好きな体を動かす遊びは向いてると思うんだけどな……。でも、将棋が好きってことはそういう遊びに興味がないのかも……)


 蒼一朗がサッカーをしている子を何気なく見ると、一人の少年と目が合った。


「あ、やまとのにいちゃん」


 その少年とは、蒼一朗が所属する駅伝部の部長の弟、隼輔である。

 以前の地域運動会の際に見た蒼一朗の姿を、どうやら覚えていたようだ。


「よう。久しぶりだな、隼輔」

「おれのなまえしってんのか?」

「お前の兄ちゃんが、よくお前の話をしてくれるからよ」

「にいちゃんが……。そっか! へへへ!」


 ここで蒼一朗は、とある考えを思い付く。


(俺がサッカーしてるをの見たら、大和も興味持ったりしねーかな……?)


 子どもたちに混ざってサッカーをすれば目立つので、今は遊びに夢中で蒼一朗の存在に気付いていない大和の目にも留まるだろう。

 こういう遊びに興味を持つきっかけになれば、と蒼一朗は考えたのだ。


「ぼーっとして、どうしたんだ? あ、もいっしょにサッカーやりたいのか!?」


 隼輔から蒼一朗に、嬉しい誘いの言葉がかかる。


「おう。お前たちがよければ、ぜひ仲間に入れてくれよ」

「わかった! おれみんなに話してくるから、ちょっと待っててくれ!」


 そう言うと隼輔は、一緒にサッカーをしていた少年たちのもとへ向かった。

 話を終えると、蒼一朗の所まで戻って来る。


「にいちゃんつよそうだから、せんせいと二人の大人チームならいいって! 大人対子どものしょうぶだ! さいしょのボールは大人チームにやるよ!」


 少年たちは、ざっと十人はいるだろう。

 しかし蒼一朗は、全く負ける気がしなかった。


「わかった。じゃあやるか!」


 クラブの職員にゴールキーパーを任せると、蒼一朗は一人で責め込んでいく。


「止めろ、止めろー!」

「なんだこの兄ちゃん! めちゃくちゃ上手いぞ!」

「上手いだけじゃなくてはええ!」


 蒼一朗は、もちろん本気を出しているわけではない。

 それでも、彼の力は圧倒的だった。

 だが、少年たちもボールを奪おうと果敢に蒼一朗に向かってくる。

 そのため、試合は決して一方的な展開にはならなかった。

 こうして十分ほど楽しんだところで、大和がこちらを見ているのに気付く。

 先程よりもサッカーをしている少年たちが活気付いたので見てみると、なんと自分の兄が一緒に遊んでいるのだ。

 大和の顔は驚きと、なんとも言えない感情が入り混じっているように見えた。


「お前ら、悪いな。今日はここまでだ。オレ、そろそろ帰んねえと」

「えー!? 勝ち逃げじゃん!」

「にいちゃん、ずるいよー!」


 試合は、大人チーム三点、子どもチーム一点と蒼一朗のチームが勝っていた。


「そう言うなよ。またその内に来るから、続きはその時にでもやろうぜ」

「やくそくだぞ! ぜったいきてくれよ!」

「やぶったら、はりせんぼんのますんだからな!」

「へーへー。針千本は嫌だから、約束はちゃんと守るって。じゃあな」

「ばいばーい!」

「またなー!」


 蒼一朗は、すっかり少年たちの心を掴んだようだ。

 再戦の約束をすると、大和と美海と一緒に野原を出て行った。

 屋敷までの帰り道を、大和はずっと浮かない表情で歩いている。


「大和、どうした? 学校やクラブでなんかあったのか?」


 蒼一朗が優しく声をかけるが、大和は首を横に振るだけだ。

 いつものようにノートとペンを出し、おしゃべりしてくれる様子もない。


「そうにいがサッカーしてるのを見たときからずっとこんなかんじなんだよ」


 美海の言葉を聞き、蒼一朗は一つの結論に達した。


「……大和、もしかして他の奴らに兄ちゃんのこと取られると思ったのか?」


 その瞬間に、大和の頬が朱に染まる。

 どうやら図星のようだ。


『おにいちゃん、すごくたのしそうだった。でもぼくは、しゅんすけくんたちみたいにサッカーできないから……』


 そう書いたノートを、おずおずと蒼一朗に見せる。


「……確かにさっきは楽しかったけどよ、俺が一番楽しいのはお前と遊んでる時に決まってるだろ。何をして遊ぶかじゃなくて、誰と遊ぶかの方が俺には大事なんだよ。だから、そんな心配しなくていいんだ」


 蒼一朗は少しかかむと、大和と目を合わせてそう言い切った。


(……大和も、仲のいい友達と好きな遊びをしてるだけなんだよな。本人も楽しそうだし、女子と遊んでるからって男子に文句を言われてることもなさそうだし。まあ、心配しすぎることでもねーのかな)


 そんなことを考えながら、大和の頭を撫でる。

 すると、先程までの不安そうな表情は一転して晴れ晴れとしたものになった。

 それは、いつものかわいい笑顔だ。


『うん。おにいちゃんだいすき』


 丁寧な字でそう書いたノートを、蒼一朗に見せる。

 それに対し、蒼一朗も爽やかな笑顔を返すのだ。


「俺も、大和のことが大好きだよ」


(いや、ほんと大和ってかわいすぎねーか……? かわいすぎてつれえ……)


 心中ではブラコン全開の発言をしているが、他人に知られることはないのだ。

 柏木蒼一朗がお迎えに行くと――――みんなのにんきもの! でも、ぼくだけのおにいちゃんなんだからね!

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