初恋の予感!?
⑤二階堂湊人の場合
「予定の時間よりも少し早かったかな? 二人とも、帰ろうか」
「みなとにい! すぐじゅんびしてくるからまっててね!」
大和と美海が帰る準備をするためにその場を離れていく。
湊人の目が、将棋盤を挟んで向かい合う少年と少女の姿を捉えた。
(へえ。最近の子も将棋を指すんだ。大和くんもやってるし驚くことじゃないか)
自分の好きな遊びを、小さな子たちが楽しんでいることは嬉しい。
そう思い、好意的に見守っていたのだが――――――――――――。
「へへーん! これでこの駒はオレのもんだ!」
「えっ!? ずるい! ふはそんなふうにうごかせないよ!」
「あ!? なんだ、お前! オレがいいって言ったらいいんだよ!」
「そんな……!」
どうやら、対等な勝負というわけではなさそうである。
体の大きな男の子が、自分勝手な言い分で年下の女の子を困らせているのだ。
「こらこら、そんなのは将棋とは言わないよ。将棋の駒を使った違う遊びって言うなら構わないけど、それならそれできちんとルールを決めないと」
「な、なんだよ!? あんたには関係ないだろ!」
「うん、そうだよねえ。僕もそうは思うんだけど……」
いつもの湊人なら、このような口出しはしないだろう。
だが、彼には彼なりのこだわりがあるのだ。
「僕、ゲームのルールを守らない人間は許せないんだ。ルールを守って遊ぶから、こういう遊びは面白いんだよ。それとも君は、そうでもしないと勝てないの?」
「そっ、そんなことねえ!」
湊人の挑発に乗せられてしまった少年が、こちらにやって来る。
彼の腕には、将棋盤と駒が抱えられていた。
「オレは普通にやっても強いんだ! 勝負しろ!」
「いいよ。僕が勝ったら、さっきみたいなことはもうしないでね」
「オレが勝ったら、あんた、なんでも一ついうこと聞けよな!」
「わかった。平手でいいのかい? すぐに勝負がついちゃうと思うけど」
「……あんまり、オレのこと馬鹿にするな! ハンデなしに決まってんだろ!」
「そう。お迎えに来てる身だからそこまで時間はないし、ちょうどいいかもね」
湊人の挑発に少年は顔を真っ赤にしているが、駒を乱暴に扱ったりはしない。
実力があるというのも、あながち間違いではないのだろう。
「じゃあ、よろしくお願いします。せめてもの情けで、君に先手をあげるね」
「……くそっ! 絶対に勝つからな!」
湊人の眼鏡が光ったように見えたのは、恐らく気のせいではない。
勝負は、大和と美海が戻って来るまでの間についた。
「つ、つええ……!」
「ありがとうございました」
言うまでもなく、湊人の圧勝だ。
頭を使うゲームで、湊人に敵う者などそうそういないのだ。
放心状態の少年をよそに、湊人は先程まで将棋をしていた少女に声をかける。
「もし将棋をしたければ、次は柏木大和くんを誘うといいよ」
「やまとくんを……?」
「大和くんは僕の将棋の弟子だからね」
「やまとくんの、しょうぎのししょう……」
ここで、準備を終えた大和と美海が戻ってきた。
「じゃあ、行こうか」
湊人は、何事もなかったかのようにその場を去ろうとする。
「あっ、ありがとうございました!」
「いえいえ。僕がああいうのは許せなかっただけだから」
少女からの感謝の言葉に、湊人は笑顔で応えた。
そして、大和と美海と一緒にクラブを出て行く。
少女の頬が少し赤くなっていたのに気付いたのは、大和だけだ。
(目がハートになってる……。まさか、みなとおにいちゃんのこと……?)
大和は、人が恋に落ちる瞬間を目撃してしまうのだった。
二階堂湊人がお迎えに行くと――――初恋の予感!?