今のあなた、ただの父親の顔をしていますよ。
「はあ……」
「その様子だと、シン様とお話は出来なかったようですね」
「……わかるか?」
「はい。公務が始まって、既に十三回目のため息ですので」
心に拒絶された後、シヅキはいつものように公務に勤しんでいた。
だが、朝の出来事を引きずっており、全く集中出来ていないのだ。
「話をするどころか、出てってって言われたよ。朝食も食べなかったし……」
「……そうですか」
「顔を合わせれば、昔みたいにすぐに家族になれると思ってたんだけどな。さすがに、六年も経てばそうはいかないか。……俺の知らないところで、大人になったんだな」
幼い頃は、いつも父の後ろをちょこちょことついてきていた。
そんな息子が、いつの間にか自分を拒絶するような言葉を吐くようになっていたのだ。
心くらいの年齢ならば、親への反抗も当然のものである。
だが彼は、心が少年から徐々に青年へと成長する姿を見ていない。
そのため、どうしても動揺が大きくなってしまったようだ。
「……それにしても、困ったな。これでは、一色透花の話は聞けそうもないよ」
「それならば、私に一つ案があります」
自分の調査結果が疑われているにも関わらず、リヒトは冷静に口を開いた。
この計画が成功すれば、全てが上手くいくのだ。
「一色透花を、この国の正式な客人として招くのはどうでしょうか」
「この国に……?」
「はい。国民たちを混乱させないためにも、勿論内密にですが。シン様をお連れする際に、立ち向かってきた彼女の仲間を手酷く痛めつけました。あれを目の当たりにしていれば、この国に足を踏み入れるのは容易なことではないはずです。シン様を洗脳しており、ただの金蔓としか思っていなければ彼女は現れないでしょう。ですが……」
「……大切に思っていれば、必ずこの地に現れるということか」
「いかがでしょうか。王からのお許しがいただけるのならば、すぐに人員を手配いたします」
「わかった。実際に会えば話も出来るだろう。そこで、彼女という人物を判断したいと思う」
「かしこまりました。それでは、部下に指示を出してまいります」
部屋を出ようとしたリヒトを、シヅキが呼び止めた。
「リヒト、すまないな。今回の件は、お前を疑うような結果になっているというのに……」
「構いませんよ。あなたのために、私はここにいるのですから」
「ありがとう。いつも助かってるよ」
「……私には勿体ないお言葉です。それでは、御前を失礼いたします」
シヅキの笑顔を見て居たたまれない気持ちになったリヒトは、逃げるように部屋を出た。
扉を背に、彼の口から大きなため息が漏れ出た。
(……ここまで来たら、もう後戻りは出来ない。進むだけだ……)
調査結果を改竄した時点で、リヒトはシヅキに嘘を吐いてしまっている。
これを隠すため、そして自分が思うこの国のあるべき姿のために彼は嘘を重ねる。
リヒトの顔つきは、いつの間にか冷たく険しいものになっていた。
シヅキと接している時のような、無表情でもどこか温かみのある表情の彼はいない。
リヒトは氷のように冷たい眼差しのまま、部下に指示を出すために歩き出したのだった――――――――――。