あの時、何が起こったのか
理玖が目を覚ましたのは、あと少しで日付が変わるという時間だった。
ベッドの隣には透花が座り、心配そうにこちらを見ている。
「理玖、おはよう。随分よく眠っていたね」
「……ああ。自分の薬に足を掬われる形になっただけだよ。……兄妹は?」
「……心くんは、私が戻ってきた時にはもうこの屋敷にいなかった。美海ちゃんは、柊平さんたちと同じように気絶していたからベッドに運んだよ。まだ目が覚めていないけれど」
「……そう」
「でも、柊平さんと蒼一朗さんはもう意識が戻ったから安心して。二人とも、心くんを連れ去ろうとする男と戦ったけれどその男が何者かまではわからないって言っていた。ハルくんも、ずっとリビングから出なかったから男の姿も見ていないし、声も聞いていない。辛うじてわかるのは名前だけだって……。理玖は、その男のことを見た?」
「……うん。少し、話もしたよ」
「……何があったのか、話してもらえるかな」
「……わかった」
理玖は、自分があの場で見聞きした全ての情報を透花に伝えた。
心の父親の遣いである人物が、この屋敷を訪れたこと。
心と美海と再び一緒に暮らしたいと、父親が願っていること。
だが心は、ここを離れたくないとその申し出を断ったこと。
すると男は、無理矢理に心と美海を連れ去ろうとしたこと。
理玖、柊平、蒼一朗の三人が立ち向かったが、手も足も出なかったこと。
自分で作った薬を吸い込んでしまい、その後の記憶がないこと。
透花は理玖の話を、時折頷きながら静かに聞いていた。
「……僕が聞いた話だと、男は二人を一緒に国に連れ帰ろうとしてた」
「でも、美海ちゃんは連れ去られずにここにいる」
「……どうしてかはわからないけどね。その男は、彼と同じように薬が効きづらかったんだ。見た目も、浅黒い肌に赤の瞳で彼に似てた。……その辺が、関係しているんじゃないかな」
「確かに、心くんの不思議な体質と関係はあるかもしれないね。理玖、自分も大変だったのに話してくれてありがとう。……もう一つだけ、頼みたいことがあるのだけれど」
「……なに」
透花は、小さな声で何かを理玖に囁いた。
それを聞き、理玖は眉を顰める。
「……あまり、許されることじゃないと思うけど」
「でも、このままにはしておけない。美海ちゃんは、そういうの人一倍気にする子だから」
「……はぁ、わかった。これから、薬を用意するよ。少し時間がかかるから、君は彼女を看ていて。食い違いが出てくると面倒だから、僕以外を部屋に入れないで」
「……理玖、ごめんね。ありがとう」
「……別に」
理玖はベッドから出ると、透花に言われた薬の準備に取り掛かった。
よく眠れたので体は軽いが、その足取りはどことなく重い。
これから美海に処方する薬のことを、あまりよく思っていないからだ。
透花はその様子に気付かない振りをすると、理玖の部屋を出て美海が眠る部屋に向かったのだった――――――――――。




