これ以上、何も失いたくない。
「……あの日、お父さんは僕たちを置いていった。それは僕たちが、国外の女性であるお母さんとの間に生まれた子どもだから……?」
「はい、その通りでございます。さすがシン様、察しがよろしいですね。先程も話した通り、我が国は他国との交流を一切持ちませんので」
「……じゃあなんで、今日僕たちを迎えに来たの? 矛盾、してると思う……」
僕と、目の前の男の人、リヒトさんの視線がぶつかる。
……逸らしたら、適当に話を誤魔化される気がしたから。
「……僕、あの時にあなたが言ってたことも覚えてる。肌の色も、目の色も、お父さんに似てるのは僕だけだ。だから、僕だけなら連れて行けるって言ってた。でも、美海は……」
「あの頃とは、少し事情が変わったのです。今なら、ミウ様も一緒に行けます」
「……じゃあ、その事情をちゃんと説明してよ」
「ここでは話せない内容なのです。我が国にいらっしゃったら、詳しくお話いたします」
リヒトさんが僕から目を逸らすと、美海に話しかけた。
「ミウ様はいかがですか? お父様と一緒に暮らしたくはありませんか?」
「みうは……」
……美海は、細かいことまでは理解できてないかもしれない。
だけど、この人が来たせいで家族がバラバラになったっていうのはわかるよね……?
リヒトさんと一緒に行くなんて、言わないで……。
「みうは、りひとくんといっしょに行きたい……! おとうさんに会いたいよ……!!」
「美海、なんで……? ここでの生活に、嫌なことがあるの……?」
「そんなのないよ! みんなとってもやさしいし、学校だってたのしいもん!」
「じゃあ……」
「だって、おとうさんはみうのかぞくだもん! いっしょにくらしたいよ……!」
その言葉は、僕の心に大きく響いた。
美海が産まれてすぐにお父さんはいなくなったから、美海にはお父さんの記憶がない。
……僕みたいに楽しい思い出も、お父さんを憎む気持ちもないんだ。
……お父さんに会いたいって思うのは、当たり前のことだよね。
……でも僕は、絶対にここを離れない。
この人についていけば、僕たちはいろんな物を失ってしまう。
そう、感じるから……。