褒められると調子に乗ります。どんどん褒めてください。
夏生は何度か一色邸を訪れているので、虹太とも面識はあった。
だが、颯と心の部屋、またリビングなどの公共スペース以外に入るのは初めてなのだ。
ギターや電子ピアノなどの楽器が並んだ虹太の部屋を、落ち着かない様子で見ている。
サロンにグランドピアノがあるにも関わらず、虹太は部屋に電子ピアノを置いていた。
腰を落ち着けて練習したい時は、サロンまで行きグランドピアノと向かい合う。
だが、ちょっとした気分転換などの時には電子ピアノを用いるようだ。
「……あの、椎名さん」
「椎名さんなんて、そんな堅苦しい呼び方はやめてよ~! 虹太でいいからさ☆」
「……では、虹太さん」
「うんうん♪ 俺も夏生くんて呼ばせてもらうね☆ それで、どうかしたの~?」
「虹太さんは、音楽をやられるんですか?」
「やるなんてもんじゃねえよ! 虹太さんはすげーんだ!!」
夏生の質問に食いついたのは、虹太ではなく颯だった。
瞳を輝かせながら、虹太の音楽の素晴らしさを語っていく。
「虹太さんの音は、一つ一つがキラキラ光ってるみたいに聴こえるんだぜ! 聴いてるだけで、ワクワクが止まらねーんだ! まるで魔法みたいだっていっつも思ってる!」
「颯くん、もっと褒めて~! 人に褒められることなんて滅多にないから嬉しいよ~!」
「みんな、口に出さないだけですごいって思ってますよ! 虹太さんは天才っす!」
「いや~、照れるなぁ☆」
余程嬉しいようで、虹太の表情は緩み切っている。
二人の掛け合いを見ていた夏生が、ぽつりと言葉を零した。
「僕も、聴いてみたいな……」
その言葉に、颯と虹太は更に笑顔になる。
「俺も、虹太さんの音楽を有川に聴いてほしいっす! マジですごいから!!」
「ここでギターやキーボードを弾くのもいいけど、せっかくだからサロンに移動しよっか~♪ あそこのグランドピアノは格段にいい音がするし、俺の本職はピアノだからさ☆」
「うす! ほら、行こうぜ!」
「うん!」
虹太は以前、奏太という少年と一つの約束をしていた。
それは、ピアニストとして再出発した時の最初の観客になってもらうことだ。
実はこの約束、数カ月前に果たされている。
それ以来虹太は、少しずつ他人にピアノを聴かせるようになっているのだ。
約束が果たされた瞬間については、また別の機会に――――――――――。