信頼して、信頼されて、人は生きていくのです。
結果として、恵輔の異隊が認められることはなかった。
色々なアクシデントがあったとはいえ、彼らの残した成績は八位というものである。
これを優秀な成績として認めてしまうと、今後の基準があやふやになってしまうという判断を上層部から下されたのだ。
部員たちは大いに悔しがったが、恵輔はいつも通り朗らかに笑っていたという。
「また、次があるよ。その日に向けて、今日も練習を頑張ろう!」
今回の大会は、部員たちの心に大きな変化をもたらした。
遠征から帰還した者、怪我から復帰した者を含め、以前とは比べ物にならないほどに部員たちは切磋琢磨し合っている。
それは、蒼一朗にとっても同じだった。
「もう、すっかり冬だね」
「だな。走ってる時はともかく、さすがに冷えるわ」
本日のトレーニングを終えた透花と蒼一朗は、家路を辿っている。
今日の勝負も、いつも通り透花の勝ちだった。
だがその走りは、以前よりも更に肉薄したものになっているのだ。
「蒼一朗さん、駅伝部に入って本当によかったね」
「……なんだよ、急に」
「いや、前よりいい顔するようになったなって思って」
「あー……」
蒼一朗は気まずそうに頬を掻きながら、言葉を探す。
「……あんたにさ、みんなにもっと頼ってもいいって言われたことあったよな」
「うん。夏の、蒼一朗さんがすごく酔っ払っちゃった時だね」
「……蒸し返すなよ。それ、自分では分かってたつもりだったんだ。実際今回も、隊の奴らに助っ人を頼んだし。……でも、他の人間にはやっぱり出来なかった」
「駅伝部の人たちのこと?」
「……おう。今回の大会があるまで、部長はともかく他の奴らとは信頼関係が築けてなかったっていうか……。まあ、俺にその気がなかったんだけどさ。あいつらのこと、全く信用してなかった。だから、頼ろうとも思わなかったんだ。……実際、棄権しようとしたあいつらを止めなかったしな」
蒼一朗は一見すると、誰にでも分け隔てなく接する気の良い男なのだろう。
だが実際は、他の人間に対してあまり心を開きはしない。
夏の一件以降、ようやく隊のメンバーたちを頼ることを覚え始めたのだ。
そんな彼が、部員たちと簡単に深い仲になれるはずがなかった。
彼らは一色隊の面々とは違い、あくまでも部活の時に接するだけだ。
競技の特色上レギュラーの座を争うライバルなのだから、信頼関係を築く必要などないと感じていたはずだ。
そんな蒼一朗の心に、今回の大会は大きな変化をもたらしたのだ。
「……前よりも必死に部活に打ち込む姿を見てたらさ、俺ってこいつらのこと何にも知らねーんだなって思ったわ。知ろうともしなかったんだから当たり前なんだけどさ。実際に話してみたら、みんな普通にいい奴だし。……あーあ、もっと前から話せばよかったぜ」
「そっか。だから最近、前よりも部活が楽しそうなんだね」
「そういうことだな。みんな、次こそは絶対に優勝するって気合い入ってんだよ」
「いいね。うちの隊も、みんなで何か一つの目標を掲げて頑張ってみようか」
「は? そんなの必要ねーだろ」
蒼一朗は、あっけらかんと言い放つ。
「あんたがいればみんな勝手にまとまるし。それに、充分あいつらのこと信頼してるしな」
蒼一朗の表情は、初めて会った頃とは比べ物にならないほどに柔らかなものだった。
「……そう言ってもらえると隊長冥利に尽きますな!」
「何言ってんだよ。でも、勝負はまた別だからな。……次はぜってー勝つ!」
「私だって、まだまだ負けないからね!」
二人の足取りは、トレーニングを終えたとは思えないくらいに軽かった。
冬の澄み切った空気が、彼らを包み込んでいく――――――――――。