人のためだけではなく、自分のために
恵輔に駆け寄ってくるのは、第一走者と第二走者のチームメイトだった。
自分の出番を終え、ゴールに向かう途中で立ち寄ったのだろう。
「二人とも、お疲れ様。とても気持ちのいい走りだったよ」
「ありがとうございます! って、今はそんなことどうでもいいんですよ!」
「そうです! あいつが……!」
この二人の耳にも、現状は伝わっていた。
第八走者の映像から、まだ倒れずになんとか歩いていることは分かる。
だが、進めなくなるのも時間の問題だろう。
「……うん。これから、棄権を申し入れてこようと思うんだ」
「棄権……!? 部長、お願いします! もうちょっと待ってやってください!」
「俺からもお願いします!!」
「でも……」
「あいつだって、そんなの望んでません!」
「そうです! みんな、部長の異隊のために……!」
「僕の、ため……?」
「「あっ……」」
部員の一人が、思わず口を滑らせる。
その言葉を聞いて、恵輔の表情が強張った。
「……それって、どういうことかな?」
「……俺ら、偶然知っちゃったんです。部長が、異隊のために優勝を目指してるって……」
「……今回のメンバーでは、優勝なんて狙えないって分かってます。でも、出来るだけいい順位になれば、可能性はあるかもしれないじゃないですか! だから俺たち……!」
「……それなら、尚更だよ。僕のために、無理をさせるわけにはいかない」
「部長のためだけじゃありません!」
「俺ら自身のためでもあるんです!」
二人は、必死な表情で訴えかける。
「……俺らの実力じゃ、今後の大会には出られないと思います」
「……今回は、出られなくなった奴らのおこぼれを貰っただけですから」
「そんなことないよ」
「……いえ、自分の実力は誰よりも分かってます」
「……万が一大会に出れても、それはこのメンバーじゃないですよね。一緒に練習してきたからこそ、俺らはこのメンバーで完走したい! あいつも同じ気持ちなんです!」
二人の説得に、恵輔の心は揺り動かされる。
だが、部長として無条件でこれを受け入れるわけにはいかない。
映像を見て難しい顔をした後、静かに口を開いた。
「……二人、いや、みんなの気持ちはわかった。とりあえず、棄権は見送るよ」
「「ありがとうございます!!」」
「……でも、彼の足が完璧に止まるまでの話だ。それ以上は待てない。柏木くんが来るまでに彼が進まなくなったら、僕は君たちを振り切ってでも棄権を申し入れに行くからね」
「……はい」
「……わかりました」
「……柏木くんが出来るだけ早く着いてくれることを願おう」
彼らは、願う。
蒼一朗の姿が、一刻も早くカメラに映ることを――――――――――。




