現実は、無慈悲だ。
蒼一朗たちの襷は、第八走者まで順調に繋がれていた。
優勝こそ狙える位置ではないが、第九走者の蒼一朗、そして第十走者の恵輔が奮戦すれば、上位に食い込むことも夢ではない。
――――――――――だが、現実はそう上手くいかないものである。
「この選手、随分フラフラしてるな……」
「まさか、脱水症状か!?」
自分の出番を待ちながら精神統一を行っていた蒼一朗の耳に、その言葉が届く。
今回の大会はルールが特殊なため、全員が小型のカメラを付けて走っている。
その映像がリアルタイムで放送され、各々の情報を知ることが出来るのだ。
「このユニフォーム、どこのチームだ!?」
「確か王都の……」
(まさか……!)
嫌な予感が胸を過ぎった蒼一朗は、急いでモニターを覗く。
一人の選手の視界が、今にも倒れそうに揺らいでいた。
残念ながらそれは、蒼一朗のチームメイトのカメラの映像である。
『君っ! これ以上走るのは危ないぞ! 棄権したまえ!』
『いやだっ! 俺は絶対に、柏木に襷を繋ぐんだっ……!』
画面の中から、今にも途切れてしまいそうな声が流れてくる。
第八走者は、恵輔の異隊の話を立ち聞きしてしまった部員だった。
五人の部員の中で、最も気合いが入っていたのも彼である。
彼は恐らく、蒼一朗に襷を繋ぎたい一心で必死に足を動かしている。
意識も朦朧としているであろう状況で必死に走り続ける姿を想像すると、蒼一朗の胸と目頭に熱いものが込み上げてきた。
(どうにかして、襷を繋いでやりてぇ……! ……そうだ!)
何かを思い付いた蒼一朗は、近くにいた係員に声をかける。
「すんません! この脱水症状起こしてる奴のチームメイトなんすけど、俺が逆走してこいつがいるとこまで襷を受け取りに行くのはルール違反にはなりませんか?」
「逆走!? ……まあ、どこで襷を受け渡してもいいからもちろん大丈夫だけど」
「ありがとうございます! じゃあ俺、行きます!」
「本気かい!? その分、君の走る距離が長くなるんだよ!?」
「平気です! こいつがこんなに頑張ってくれてんだから、俺もそれに応えないと!」
そう言うと蒼一朗は、他の走者たちが向かう方向とは逆に走り出した。
仲間の想いを、繋ぐために――――――――――。