走り出した情熱
「……って話を聞いたんだけど、知ってたか?」
「……いや、全然知らない」
「……俺も」
大会を棄権するつもりだった五人の部員が集まっている。
彼らは、部活前に恵輔に話をする予定だったのだ。
そこで、先程恵輔の話を立ち聞きした者が異隊の話を持ち出した。
この五人の中に、恵輔の目的を知る者はいなかった。
「……部長は、自分の利益のために俺らを利用してたのか?」
一人が、ぽつりと呟く。
「……いや、それは違うだろ」
それに反論したのは、恵輔の話を聞いていた部員だ。
「……部長が俺らに、勝つための走りを強制したことはあったか?」
「……ないな。記録が伸びなくても、責めたりしないし……」
「……むしろ、励ましてくれるよな」
「……ああ。どうしたらいいか、一緒に考えてくれる」
「……ほんとあの人って、走ることが大好きだよな」
「……そうなんだよ。異隊の話は、事実なんだと思う。でも部長は、こうも言ってた。せっかく練習してきたんだから、優勝とかは関係なくみんなで完走を目指したいって。辛いことも嬉しいことも分かち合えるから、みんなで走ることは楽しいんだって」
「「「「………………………………」」」」
「自分が速い選手じゃないのはよくわかってるから、部長の言う”みんな”に自分が入ってたのが単純に嬉しくてさ。こんな風に言ってくれる部長の役に立ちたいって思ったんだ。……俺、やっぱり大会に出るよ」
そう言った彼の瞳には、今まではなかった覚悟が宿っていた。
「……勝手なこと言ってごめん。俺の考えを、お前らに強制する気はないから……」
「……部長には色々世話になってるんだよな。俺、シューズ選びに付き合ってもらった」
「……俺も。あと、たまに飯も奢ってくれる」
「……みんなで走り切ったら、すげー達成感なんだろうな」
「……そういうのって、この歳になるとなかなか味わえないよな」
四人の部員たちは、どこか晴れやかな表情をしている。
今まで迷い、悩んでいたものが、全て吹っ切れたようだ。
「やっぱり、俺も出る」
「俺も! 部長のため、なんて立派なことは言えないけど」
「もちろん、俺もだ!」
「俺、この部に入って初めて大会に出たいって思ったよ」
「お前ら……」
五人の気持ちが、一つになる。
今まで恵輔が築いてきた、各々との信頼関係による賜物なのだろう。
「そうと決まれば、こんなところにいる場合じゃないな」
「やべっ! もう練習始まってんじゃん! 行こうぜ!」
「俺らは落ちこぼれだけど、出来ることを精一杯やろうぜ」
「そうだな。……それにしても、昨日柏木が連れて来た助っ人速かったよな」
「……ああ。正式な部員として、負けてられないな!」
走り出した五人の足取りが、昨日までとはまるで違う。
確かな情熱を秘め、彼らは走り出したのだった――――――――――。