愛すべき僕の日常
「湊人くん、いるかな?」
「……いるよ」
湊人が部屋に引きこもっていると、扉を叩く音が聞こえる。
震えが止まった後も何のやる気も起こらなかった湊人は、そのままぼーっとしていた。
透花が帰ってきたことにも気付かないほどに、呆けていたようだ。
扉を開けると、透花を迎え入れる。
「……おかえり、透花さん」
「ただいま。今日は本当にありがとう」
透花は、お礼は顔を見て言ってほしいという湊人の発言を受けやって来たのだった。
「……どういたしまして。ボーナス期待してるからね」
「もちろんだよ」
二人はその後、本日起こった出来事について話をした。
それを終えると、透花は湊人の部屋を後にしようとする。
「私はそろそろお暇するね。明日は休日にしておくから、存分に羽を伸ばしてくださいな」
「……透花さん、この後急ぎの仕事とかあるの?」
そんな透花を、湊人は引き止めた。
「特にないよ。今日の報告書の提出期限も、そこまで切羽詰まったものではないし」
「……じゃあ、僕の部屋で少しゲームでもしてかない?」
屋敷に戻り透花の顔を見ても、湊人からは未だに”非現実感”が抜け切っていなかった。
いつもの場所で、いつもの人と、いつもと同じことをする。
そうして、現実感を取り戻したいと考えているようだ。
「わかった。じゃあ、楽な格好に着替えてくるね。湊人くんもそうしたらどう?」
透花が、湊人の意図に気付いたのかどうかはわからない。
だが彼女は、柔らかな笑顔で申し出を快諾した。
それは、湊人にとっての”日常”である。
「……そうだね。何かやりたいゲームはある? 用意しとくよ」
「頭を使わない、ほのぼのとしたものがいいかな」
「奇遇だね。僕も全く同じことを考えてたよ」
「動物モノだと癒されるので、なおよし!」
「了解。準備しとくね」
こうして二人は、一度別れた。
そして再び集合すると、動物を育成しひたすら愛でるだけのゲームを始める。
「湊人くん! 羊が逃げたよ!」
「おかしいなぁ。餌も水もちゃんとあげてるのに」
「もしかしてこの子、毛を刈られるのが嫌なんじゃ……」
「なるほどね。でも、逃がさないよ。羊毛を刈る時の振動が快感なんだからね」
「次は馬が逃げたよ! 羊より速い!」
「透花さん、そっちはお願いできるかな。羊だけじゃなくヤギやアルパカも逃げ出したから、こっちはみんなまとめて僕が捕まえるよ」
「了解!」
二人はこのような会話をしながら、明け方までゲームをやり込んだ。
空が白む頃には、湊人の中のザワザワとした気持ちは消え去っていた。
二人はいつの間にか、コントローラーを握りしめたまま寝てしまう。
せっかく集めた動物たちは、全て逃げ出してしまった。
だがその寝顔は、とても穏やかなものだったという――――――――――。