僕にしかできないこと
「すごかったです……! まるで、ボールが足に吸い付いてるみたいでした……!!」
「そうか? 自分ではあんまりわかんないもんだけど、ありがとな!」
興奮気味に語る晴久に、雅紀は晴久お手製のオニギリを頬張りながら答える。
今日は一日に渡って練習があるため、現在はお昼の休憩中なのだ。
二人が最後に一緒に食べるものとして選んだのは、晴久が作ったお弁当だった。
「あんな風に速く走れたら、とっても気持ちがいいんでしょうね……」
昨夜の予定通り、晴久は午前中の練習を見学した。
雅紀のスピードやテクニックは、素人目から見てもズバ抜けたものだった。
風のように速く、自由にプレイする雅紀の姿を思い出しながら晴久が呟く。
「確かに、ディフェンダーを抜いてゴールを決めた瞬間は、めちゃくちゃ気持ちいいな!」
「……僕には一生見ることのできない景色なので、少し羨ましいです」
晴久の言葉を聞き、雅紀は数日前に彼から聞いた話を思い出した。
昔から体が弱かったため、運動らしい運動はしたことがないらしい。
晴久にとってサッカーのような激しい運動は、体に負荷をかけるものでしかなかった。
それ故に、現在の仕事でも他の隊員たちのサポートに徹していると。
一人で任務に出たのは今回が初めてだということも、晴久は話していた。
「でも晴久は、俺には作れないような美味しい料理を作ることができる」
「……こんなのは、誰にでもできることですから」
「そんなことねえよ!!」
「雅紀くん……?」
雅紀の瞳は、この一週間で見せた中で一番まっすぐなものだった。
それは、先程の練習中よりも真剣である。
「確かに俺がプレイしてシュートを決めると、たくさんの人が笑顔になる。でも俺は、晴久にしか笑顔にできない人っていうのも絶対にいると思う」
「……そうでしょうか?」
「ああ! 間違いねえよ! だって俺、お前の料理のおかげでこの一週間毎日元気にプレイできた! 監督からも、ここ最近で一番調子がいいって褒められたんだぜ!」
「……そうだったんですね。それは、とても嬉しいです」
「だから、そんな風に暗くなんなって! お前が見れない景色は確かにあるかもしれない。だけどそれって逆に言えば、晴久にしか見れない景色もあるってことだろ?」
そう言った雅紀の笑顔は、まるで太陽のように眩しいものだった。
彼の笑顔と言葉に元気付けられた晴久は、いつものような穏やかな笑みを浮かべる。
「……そうですね。僕は僕らしく、自分にしか見れない笑顔や景色を大切にしたいです」
「おう! みんな違ってみんないい、だな!」
気が付くと、お昼休憩終了の時間が迫ってきていた。
雅紀は、急いで残っていたお弁当を胃の中に詰め込む。
晴久は午後の練習は見学せずに一色邸に戻るため、ここでお別れなのだ。
「そろそろ練習が始まりますね。僕はこの辺で失礼します」
「ああ。この一週間、本当にありがとな!」
「いえ、お役に立ててよかったです。簡単に作れそうなレシピをいくつか書いて置いてきたので、よかったら作ってみてくださいね」
「そんなことまでしてくれてたのか! 今度絶対作ってみる!」
「はい。作ったらぜひ感想を聞かせてくださいね」
「わかった。……なあ、晴久」
帰るために立ち上がった晴久に、雅紀は声をかけた。
「どうかしましたか?」
「勿論自炊は頑張るけどさ、お前の料理が食べたいなーって思う時もあると思うんだ」
「それはありがたいですね。いつでも連絡してください」
「……そしたら俺、毎日連絡しちゃうよ。だってお前の料理、すっごくおいしいんだもん! でも、お前にはお前の仕事があるだろ? だからさ……」
ここで二人は、二つの約束をする。
「わかりました。これからも雅紀くんの活躍を、心から願ってます」
「ああ、俺もだよ。またな!」
「はい、また会いましょう」
そして二人は別れ、それぞれの日常へと戻っていくのだった――――――――――。