何に重きを置くか
③二階堂湊人の場合
次に晴久が向かったのは、湊人の部屋だった。
彼が皆との食事に顔を出さない理由は、なんとなく想像がついているのだ。
「湊人くん、すみません」
「どうかしましたか?」
「今、少しお時間よろしいですか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「その、食事のことなんですが……。湊人くんは普段、どのようなものを食べてますか?」
「主に、栄養調整食品ですかね。足りない部分はサプリメントで補っています」
「……それだけだと飽きませんか?」
「ええ、特には。僕、食に対するこだわりが全くないので。何かしながらでも手早く簡単に栄養がとれるので、オススメですよ」
「でも、それだけじゃ体にあまりよくない気が……」
「ご心配なく。栄養バランスは完璧ですので」
「……たまにはみんなとおしゃべりしながらご飯を食べるのも、楽しいですよ」
「そうですか? 単に時間を浪費しているだけにしか思えませんけど」
湊人は悪びれる様子もなく、笑顔でそう言った。
彼は何よりも効率を重視する男なのだ。
特にパソコンの前にいることが多いので、片手で食事を済ませられるというのは彼にとって重要な要素なのだろう。
「あの! 僕、お金を払います! なので、みなさんと一緒にご飯を食べませんか?」
「……はい?」
晴久の突拍子もない提案に、湊人は思わず聞き返してしまう。
彼は、簡単に言うと守銭奴なのだ。
金をちらつかせればこちらの要求を呑んでもらえるのではないかという安易な発想からの発言である。
「……えーっと、どうしてですか?」
「僕が、たまには湊人くんにみんなと一緒にご飯を食べてもらいたいからです」
「……それはどうしてかを、聞きたいんですが」
「みんなと一緒に食べた方が、おいしく感じるからです」
「……人の味覚は、それくらいで変わらないと思いますが」
「気の持ちようです!」
「……はあ」
いつもは穏やかな晴久の頑固な面を、湊人は初めて見た。
この調子だと、自分が要求を呑むか、折れるかするまで彼はここを動かないのだろう。
湊人は、ため息をつきながら答える。
「……わかりました。ただ、僕本当に食に対しての興味がないので、自分のペースでいいですか?」
「……はい! たまにでも顔を出してもらえるととても嬉しいです。それで、いくらお支払すれば……」
「あ、お金はいいです」
「え、でも……」
「こんな理由で同僚からお金をとってるって知られたら、透花さんに何か言われますし」
「僕、透花さんに言ったりしませんよ」
「それはわかってます。あなた相手だと、さすがの僕でも良心が痛むというか……。まあ、察してください」
「はあ……。わかりました。では、食事の場に来てくださるの楽しみにしてますね!」
こうして湊人は、最初こそ乗り気ではなかったものの、徐々に皆と一緒に食事をとるようになったのだった。
「あはははは! なんだそいつ、面白いな!」
「最近では、自分で調整食品やサプリメントを買いに行くよりも、時間もお金もかからないことに気付いたみたいでほぼ毎日顔を出してくれるようになりました」
「今まで聞いてた中で一番手強そうな感じしたけど、よかったな!」
「はい。心なしか、顔色もよくなった気がするんです」
二人は、先程一緒に作った豚肉の生姜焼きを食べながら話す。
晴久がここに来てから、今日で四日だ。
だんだん慣れてきた雅紀は、自主的に家事をするようになってきている。
晴久はそれを、穏やかな眼差しで見守っていた。
残り三日、二人はどのような生活を送るのだろうか。