もう、止まれない
今回の一件を受けて、理玖は今まで以上に研究に打ち込むようになった。
外出は苦手だが、本を借りるために王立図書館へ向かうことも増えた。
何かを追い求めるその姿は、皆から見ればそれほど不思議なものではないのだろう。
……だが、彼女だけは違った。
「理玖、お茶を持ってきたよ」
「……入って」
この日、透花は紅茶を淹れて理玖の部屋を訪れていた。
理玖の許可を得ると、扉を開けて中に入っていく。
「ハルくんが作ってくれたスイートポテトもあるから、少し休憩しない?」
「……そうだね」
理玖が本から目を離すと、そこには二人分の食器を並べる透花の姿があった。
「……君もここで休憩するの」
「うん。ダメかな。最近あまり話せていなかったし」
「……好きにすれば」
「ありがとう。じゃあ、好きにするね」
こうして、二人きりのティータイムが始まった。
特に会話はなく、部屋の中にはカップとソーサーの擦れる音が響くだけだ。
「……ねえ、理玖」
そんな沈黙を破ったのは、透花だった。
「……どこにも、行ったりしないよね」
その言葉に、理玖は驚きで目を見開く。
透花は、いつになく弱々しい表情で理玖を見ていた。
「……どうしたの、急に」
「……自分でもわからない。だけど、なんとなく理玖がいなくなってしまう気がして……」
「……昔とは違う。僕がいなくなっても、君にはみんながいるだろう」
「……意地悪、言わないで。理玖は、あなたしかいないんだから……」
透花は、全てに気付いているのかもしれない。
理玖が研究に打ち込んでいる理由も、何を考えているのかも。
その結果、不安でたまらなくなってここまで来たのだろう。
彼女が自分の弱い部分を見せることが出来るのは、理玖の前だけなのだ。
「……僕は、昔と何も変わってない。今も昔も、未来も、僕にとって君が全てだ」
「理玖……」
「……君の問いに対する答えにはなってないと思うけど、これが僕の気持ちだよ」
「ありがとう……」
理玖の言葉を聞き、透花は少し落ち着いたようだ。
いつもよりは弱々しいが、優雅な動作で紅茶を啜る。
「……急に変なこと言ってごめんね」
「……別に、いいけど。その顔、なんとかしてから行きなよね。みんなに心配されるから」
「……そんなにひどい顔してる?」
「……この家に来てからは、過去最高と言ってもいいくらいなんじゃない」
「……それはまずいね。じゃあ、もう少しここにいてもいいかな?」
「……好きなだけいれば。面白いものなんて何もないけど」
「……理玖、本当にありがとう」
「……ふん」
ぽつりぽつりと会話をする内に、いつもの透花に戻っていた。
透花は笑顔を浮かべると、食器を持って理玖の部屋を去っていく。
「……今も昔も、未来も、僕にとって君が全てだ。君を守るためなら、僕はなんだってするよ。例え、君の傍を離れることになっても……」
透花が出て行った扉を見ながら、理玖は小さな声で呟いた。
その声は透花に届くことなく、部屋の中で空気に溶ける。
今回の任務を終えて、表面上は変わったところは一つもない。
だが三人の心の中では、確実に何かが動き出したのだった――――――――――。