ありがとうの言葉を叫びに乗せて
「あなたたちは、これからどうされるのですか? また彼らがやって来たら……」
(……更に山奥の洞窟へと、住まいを移そうと考えている。人間が軽々しく入って来れない場所まで行ってしまえば、奴らも追ってはこれまい)
「あなたは、この洞窟でなくても生きていけるのですね」
(うむ。足がついてはおらぬので、運んでもらわねばならないがの)
雪男は、怪力が取り柄の生物である。
彼女を輸することなど、造作もないのだろう。
「では、そろそろ失礼します。私たちの帰りを待っている仲間がおりますので」
(言葉では言い表せぬほど、そちらには感謝しておる。会話はできぬが、他の皆も同じじゃ)
「お役に立てて何よりです。こちらこそ、貴重な雫をありがとうございました」
(道中、気を付けよ)
洞窟を出るために、透花が歩き出す。
柊平はすぐにその後を追ったが、理玖は動かなかった。
「……これ、もしもの時のために渡しておくよ」
理玖が荷物から取り出したのは、粉末の入った小瓶だ。
「……君たちを正気に戻したと思われる植物を、粉末状にしたものだ。……量も少ないし、二度と使う機会がないことを祈るけど、あっても困らないと思うから」
理玖はそう言うと、足元にその小瓶を置いた。
自分の手からでは、雪男たちは受け取らないだろうと考えたからだ。
(……待つのじゃ!)
そのまま去ろうとした理玖を、オーランピドールが呼び止める。
(ぜひ、そちの手で渡してくれぬか?)
「……でも、彼らにとって僕の存在は脅威だろう」
(大丈夫じゃ。そちの行動を見ていれば、あのような輩とは違うとすぐにわかる。なあ、お前たち。この小童は、妾たちを酷い目に遭わせた人間と同じか?)
オーランピドールに促され、一人の雪男が理玖の前まで来た。
彼は、最初に目覚め柊平と行動を共にしていた男だ。
一番長く、理玖の姿を見ていた者でもある。
その雪男は、大きな掌を理玖に向かって差し出した。
理玖はそこに、小瓶を静かに乗せる。
それを壊さないように丁寧に受け取ると、鳴き声を発してから仲間の元へ戻っていく。
(礼を言っておる。使わなくても、大切にするそうじゃ)
「……そう。それならよかった。……元気でね」
理玖は小さな声で挨拶をすると、透花と柊平の後を追った。
それは、事情を何も知らない者が見れば単なる手渡しでしかないのだろう。
だが、理玖と雪男にとっては小さな信頼関係が結ばれた証なのだ。
恩人をを見送るための咆哮が、しばらくの間洞窟内に木霊していた――――――――――。