金色の支配者
それは、一ヶ月ほど前の出来事である。
彼女はこの洞窟の中で、自分を守る存在である雪男たちと暮らしていた。
時折人間という来訪者があるものの、全て彼らが追い払ってくれる。
特別なことなど何もないが、平穏で満ち足りた日々だった。
――――――――――だが、その安寧は突如失われる。
金色の瞳を持つ人間たちが洞窟にやって来て、毒と思われるガスを噴射したのだ。
氷によって守られている彼女には、なんの影響もない。
だが、それを吸い込んでしまった雪男たちは苦しみながら次々に倒れていく。
(やめるのじゃ……! 妾の体が欲しければ、いくらでもくれてやる……! だからの、その者たちに手を出すのはやめよ……!)
彼女は必死に声を出すが、それは人間たちには届かない。
人間たちの中から、一人の女が前に出た。
もがき苦しむ雪男たちにまるで汚いものでも見るような視線を送ると、言葉を投げる。
「……苦しいでしょう? 私が作った、特別な毒なのよ。致死量をちゃーんと考えてあるから、あなたたちは絶対に死なないの。まあ、死ぬほど辛いとは思うけど。解毒してほしければ、私たちの言うことを聞きなさい」
そう言うと、今度は彼女へと視線を移す。
「あれを、なんとしても守りなさい。どんな人間が入ってきても、絶対に渡してはダメ。脅かして追い払うだけじゃ生温いわね。ここに来た人間は、全て殺すのよ」
(断る……! 我々は、人間に恨みなどない……! 殺しなど、決してしない……!)
雪男たちの長が、力を振り絞って叫ぶ。
だがその言葉は、人間たちにはただの咆哮にしか聞こえなかった。
「うるさいわねぇ……。あなたの意見なんて聞いてないわ。だって、私たちの言うことを聞くしかないんだもの。平気よ。なーんにも怖いことなんてないから」
女の仲間は、大きな注射器を取り出した。
それを使い、次々に雪男たちの体に薬を注入していく。
「う、うがああああああああああああああああああああ!!」
(そちら、一体何をしたのじゃ……!?)
「うふふ、これで殺人マシーンの出来上がり。人間を殺すことに、なんの躊躇も恐怖も感じなくなったわ。ここに入ってきた人間は、ちゃーんと全部殺してちょうだいね?」
(なんてことを……! おい、しっかりせい! 妾の声を聞くのじゃ!)
彼女の声は、既に雪男たちには届かなくなっていた。
「さてと、とっとと撤収しましょ。あんまり長い時間ここにいると、いくらマスターとはいえ私たちを襲ってくる可能性もあるわ。だって、人間だものね」
人間たちは、たった今行われた凄惨な出来事などなかったかのように去っていく。
その場に残されたのは、絶望に包まれる一輪の美しい花と、人間の手によって殺人兵器に仕立てられた仲間だけだった――――――――――。