実直な男を惑わすモノ
(なんなんだ、この森は……! 以前来た時とはまるで違う……!)
エルブ地方に到着した三人は、理玖の案内で森へと足を踏み入れていた。
この場所は、一色隊に入る前に理玖が暮らしていた森だ。
理玖を仲間にする時に、透花に付き添って来たことがある。
だが、その時とはまるで状況が違った。
柊平の前を、理玖と透花はすいすいと歩いていく。
それに続こうと必死に足を動かすが、どこからともなく聞こえる声が彼を邪魔するのだ。
『この子、ニンゲンよ。若い男の子が来るのなんて、久しぶりじゃない』
『本当だわ。それも、私たちの声が聞こえるみたいよ』
『ニンゲンさん、よく来たわね』
『私たちと遊びましょう』
足元に生えている草が鞭のようにしなり、柊平の足に絡みついてきた。
(離せ……!)
『少しくらい、いいじゃない』
『他の二人には、私たちの声が聞こえてないみたいよ』
『それなら、あなたが遊ぶしかないわよね』
『大丈夫よ。何も心配せずに、私たちに体を委ねて』
「私に、触るな……!」
突然の大声を聞き理玖と透花が振り返ると、草から逃れようとする柊平の姿があった。
……柊平は、自分の足に触れてもいない植物を必死に振り払っている。
「柊平さん、大丈夫?」
「……どうしたの」
「声が、聞こえるんだ……! それに、こうも足に纏わりつかれては進めない……!」
柊平は、森に棲む植物に惑わされている。
聞こえる声も、草が足に絡みつく感触も全ては幻なのだ。
「……口を開けて」
「口を……?」
「……いいから、早く」
理玖に促され、柊平は訝しみながらも口を開ける。
すると、理玖はそこに何かの粉末を振り入れた。
あまりの苦さに、柊平の顔が歪む。
「………………………………!」
「……我慢して、飲み込んで。そうすれば、君を惑わすものは消えるから」
その言葉を聞き、柊平はなんとか粉末を飲み込んだ。
少しずつ声は引いていき、最終的には何も聞こえなくなる。
まるで生き物のように動いていたはずの草も、もう動かなかった。
「これは、一体どういうことだ……?」
「……もう少し進んだ所に川があったはずだ。とりあえず、そこまで行こう」
「柊平さん、歩ける? 肩を貸そうか?」
「あ、いえ……。大丈夫です。取り乱してしまい、申し訳ありません……」
こうして、透花たち三人は川に向かって歩みを進めるのだった――――――――――。