杜の都、エルブ
透花たち三人は現在、電車に乗っている。
オーランピドールは保存が効かないため、先にエルブ地方へと向かわなければならない。
ヘリコプターでの移動が一番速く目的地に着けるのだが、グラソン地方は雪深い土地だ。
無用な危険を避けるため、全ての移動で公共の交通機関を使用することになったのだ。
車を使用しないのも、同様の理由である。
「……そういえば君、屋敷を空けて平気なの」
「どうして?」
「……朝、王宮に呼ばれてただろう。また、何か押し付けられたんじゃないの」
「ああ、大丈夫だよ。実はね……」
透花は、声を潜めて話す。
三人が乗っているのは個室が備えられた車両の一室である。
そのため、簡単に声が外に漏れることはない。
それでも小声で話すということは、よほど他人に聞かれては困る内容なのだろう。
「……昨日大和くんたちが行った植物園の近くに、王妃様が公務で行かれていてね」
「まさか……」
「そう、そのまさかだよ。今回の病気に、王妃様も感染しているの」
「……それで、隊長が呼ばれたのですね」
「うん。医者に診せても、薬を飲ませても体調がよくならない。どうにかならないかって王様に聞かれたんだ。昨日の公務は、本当は王様が行くはずだったらしい。だけど、どうしても外せない用事ができたので王妃様に変わっていただいたんだって」
「……王妃って確か、病気がちな人じゃなかったっけ」
「そうだね。最近は体調も回復していたから、久しぶりの公務に張り切って望まれたそうだよ。だから、余計に王様も責任を感じているんだと思う」
「もしかすると、今回の狙いは……」
「うん。十中八九、王様だろうね。他の人たちは、それに巻き込まれたに過ぎないと思うよ」
「……それにしても、なんでもかんでも君に頼り過ぎだと思うけど」
「まあまあ、そう言わないであげてよ、理玖。原因や治癒の方法を探すために屋敷に戻ったら、もう全てが解明しているんだから驚いたよ。その後、解毒に必要な植物を取りに行くことを王様には伝えておきました。少人数で動きたいというこちらの意向を汲んで、今回は一色隊の単独任務にしてもらったから。邪魔されることなく、自由に動けるよ」
「……失敗は許されないということですね」
柊平の声は、いつもよりも更に低いものだった。
心なしか、握った掌に力が入っているようにも見える。
「柊平さん、そんなに気負わなくても大丈夫だよ。私たちは、必ず二つの植物を入手して薬を完成させる。それを飲んだ大和くんたちは、絶対に元気になるから」
そう言うと、透花はいつものように柔らかく微笑んだ。
透花が言葉にすると、どんなに困難なことでも信じられてしまうから不思議なものだ。
「……はい」
柊平の体からは、自然と力が抜けていた。
それから、三人の間に特に会話はなかった。
任務に赴くからというのもあるが、元から無口な二人と透花しかいないのだ。
その空間は静かだが、決して居心地の悪いものではない。
「……見えてきたよ。エルブ地方だ」
数時間後、目的地に近付くと理玖が口を開く。
彼らの目の前には、杜の都が広がっていた――――――――――。