白銀の世界へ
「……幼い頃に、グラソン地方の洞窟でその花を見たことがあるからだ」
皆の視線が、一斉に柊平へと集まる。
「柊平さん、その場所、今でも覚えている?」
「……あの辺りは洞窟が多いので、詳しい場所までは覚えていません。ですが、大体の場所はわかります。……そこまでご案内することも可能です」
「了解。では、今回の任務には私と理玖、柊平さんの三人で向かいます。他の皆には屋敷待機を命じます。蒼一朗さんと心くん、もどかしいと思うけれど我慢してね」
「場所がわかるなら、地図があれば行けるだろ……!」
「僕も、やっぱり行きたい……」
蒼一朗と心は、やはり諦めきれない様子である。
そんな二人に、透花が優しく諭す。
「大和くんと美海ちゃん、時々目を覚ましているんだよ。その時にお兄ちゃんがいなかったら心配すると思う。だから、二人の傍にいてくれないかな」
「それに、地図を頼りに行くのは無理だよ」
援護射撃とばかりに、湊人も口を開いた。
「グラソン地方は、雪深いせいで正確な地図が作られていない場所も多いからね」
これを言われてしまっては、二人は引き下がるしかない。
「……わかった。すげー不服だけど、ここで待つわ」
「……絶対に、お花を持って帰ってきてね」
「任せて。待機班のリーダーは湊人くんにお願いするね。何かあったら、すぐに連絡して」
「了解。どこまで電波が届くかわからないけど、できるだけ遠隔サポートさせてもらうよ」
「よろしくお願いします。理玖、薬について引き継ぎとかしなくて平気?」
「……君に頼もうと思う」
「ぼ、僕ですか……?」
理玖が指名したのは晴久である。
「……僕の薬を一番見慣れてるのが君だからね」
「わかりました……! 僕でお役に立てるなら……!」
「……じゃあ、症状別に飲ませる薬を渡すから部屋まで来てくれないか」
「はい……!」
薬の受け渡しをするために、理玖と晴久は部屋を出て行く。
「……俺は、大和の様子見てくるわ」
「美海、大丈夫かな……」
二人の様子を見るために、蒼一朗と心はそれぞれの自室に向かった。
「何か有用なデータがないかもう一度調べ直してみるよ」
情報収集に集中するために、湊人も部屋に戻ってしまう。
残されたのは、透花と柊平、虹太、颯の四人である。
「柊平さんがグラソン地方に詳しくて助かったよ」
「……いえ、詳しいというほどでもありません。幼い頃に数回行ったことがあるだけです」
「旅行ですか!? スキーとかスノボとか、楽しそうっすよね!」
「え~、そう? 俺は寒いのは嫌いだなぁ。暑いのも苦手だけど!」
「……親戚の家があるんだ。久保寺家は元々、グラソン地方の出身だからな」
「そうなんだ。それにしても、よく子どもの頃に見た花について覚えていたね」
「よっぽど楽しかったんじゃないすか!?」
「確かに~。楽しかったことって自然と覚えてるもんだもんね♪」
「……いや、逆だ」」
「「「え?」」」
「………………………………。どこを見渡しても銀世界なので、生まれて初めて迷子になりました……。寒さを凌ぐために入った洞窟で、偶然その花を発見して……」
「……人間、辛い思い出の方が記憶に残りやすいっていうもんね」
「でも、思い出があるだけいいっすよ! 俺なんてなーんにもないんすもん!」
「というか、柊平さんにもそんな時代があったんだね~! かわいーじゃん☆」
「……見たこともないような美しい花だったので覚えていました。まさか、このような形で役に立つことになるとは……。人生、何が起こるかわからないものです」
「本当だね。よし、おしゃべりはこのくらいにして、私たちも準備をしようか」
「……かしこまりました」
「透花さん、柊平さん、気を付けて行ってきてくださいっす!」
「ほんとだよ~。特にりっくんなんて弱そうだから、ちゃんと守ってあげてね♪」
「大丈夫だよ。誰も怪我せずに帰ってくるつもりだから、屋敷のことはよろしくね」
「うっす! 頑張ります!」
「りょーかい☆ 俺にまっかせといて~!」
こうして透花、柊平、理玖の三人は、極寒の地グラソンへと赴くことになった。
白銀の世界で、一体何が待ち受けているのだろうか――――――――――。