庭師じゃありません。医者です。
「理玖、こちらは大和くんと美海ちゃんの担任の瀬尾先生だよ。瀬尾先生、彼はうちで暮らしている青年の一人で、春原理玖といいます」
「……知ってるよ」
「はい! 存じ上げております!」
「あれ、二人とも知り合いだったんですね」
一太に怪訝な表情を向けた理玖を見て、二人には面識がないのだと透花は判断した。
それ故に二人の紹介をしたのだが、どうやらこれは杞憂に終わったようだ。
理玖と一太があの日庭で交わした会話を彼女が知ることはないのだろう。
「二人のお見舞いに来てくださったの。ちょうど門のところで会ったんだ」
「……そうなんだ。君は、体調は平気なの」
「はい……。生徒や他の先生方が苦しんでいるのに自分だけ元気なのがいたたまれなくて……。何もできないとは分かっているんですが、こうしてみんなの家を回っているんです」
「そう……」
ここで、理玖は思う。
(彼だけ無事なのは、なぜだ……?)
一太は、大和と美海の担任なのだ。
もちろん、昨日の遠足にも同行している。
それなのに、彼の話では一太にだけ症状が現れていないらしい。
「……昨日、何か変わったことはなかった」
一太の話を聞けば、プワゾモルティージュの感染源がわかるかもしれない。
そう思った理玖は、一太に話しかける。
「変わったこと、ですか?」
「……ああ。なんでもいい。いつもと違うところは何かなかったの」
「遠足自体はつつがなく終わりましたが……。あっ! そういえばマスクを貰いました!」
「……マスク?」
「はい。色々な花粉が飛んでいるということで、植物園の方が気を利かせて全員にマスクをくれたんです。少し前に下見に行った時は、そんなサービスはなかったので不思議に思いました。私は偶然自分のマスクを持っていたからつけませんでしたが……」
「……そのマスク、今も持ってたりしないの」
「持ってますよ! 何かあった時に使わせてもらおうと思って、持ち帰ったので!」
一太が鞄から出したマスクを、理玖はひったくるようにして受け取る。
そして、そのまま階段を上っていってしまった。
その場に残され唖然としている一太に、透花が話しかける。
「うちの者が突然すみません」
「あ、いえ……!」
「彼は医者なんです。今回の集団発症について思うところがあるようで、色々調べていて」
「そうでしたか……!」
「あのマスク、いただいても構いませんか?」
「お役に立てるのであれば、どうぞどうぞ!」
「ありがとうございます。大和くんと美海ちゃんの部屋はこちらになります」
「はい! お邪魔します!」
透花に案内されながら、一太は屋敷の中を歩く。
(りくにいは庭師じゃなかったのか……!?)
そのようなことを考えながら、二人が眠る部屋へと向かったのだった――――――――――。